ドイツ
ドイツ連邦共和国(ドイツれんぽうきょうわこく)、通称ドイツ(旧西ドイツ)は、ヨーロッパ中部にある連邦制の共和国。首都ベルリン。北はデンマーク 東はポーランド、チェコ 南はオーストリア、スイス、西はフランス、ルクセンブルク、ベルギー、オランダと国境を接する。また、北部は、北海とバルト海に面する。 |
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正式名称は、Bundesrepublik Deutschland(ドイツ語:ブンデスレプブリーク・ドイチュラント)。通称は、Deutschland。略称は、BRD(ベーエルデー)。Bundesは「連邦」の意、Republikは英語のRepublic(共和国)にあたる。Deutschの原義は「民衆、大衆」という意味で、フランク王国時代にラテン語系の言語ではなく、ゲルマン語系の語を用いるゲルマン人系一般大衆をこう呼んだことに由来する。
公式の英語表記は、Federal Republic of Germany(フェドロゥ・リパブリック・オブ・ジャーマニィ)。通称はGermany。略称はFRG。Germanyは民族名の「ゲルマン」から来ている。
日本語表記はドイツ連邦共和国。通称はドイツ。独逸、獨乙などと表記され、独(獨)と略される。「ドイツ」はオランダ語起源だといわれている。
詳細はドイツの歴史を参照
現在のドイツを含む西ヨーロッパ地域に人類が居住を始めたのは石器などが発見された地層から約70万年前と考えられている。60万年から55万年前の地層ではハイデルベルク原人の化石が、4万年前の地層ではネアンデルタール人の化石が確認されている。新人は約35000年前から現れ、紀元前4000年頃の巨石文明を経て紀元前1800年頃までに青銅器文明に移行している。紀元前1000年頃にはケルト系民族によってドナウ川流域にハルシュタット文明と呼ばれる鉄器文明が栄えた。
紀元前58年から51年までのガイウス・ユリウス・カエサルのガリア遠征などを経てゲルマン人は傭兵や農民としてローマ帝国に溶け込んで行き、紀元後375年には西ゴート族の移動を初めとする大移動によって現在のヨーロッパに定着する。西ローマ帝国の滅亡後、ケルト系民族を北方に追いやったゲルマン人は各地に王国を建てたが、フランク王国が統一した。843年のヴェルダン条約によって三分割されたうちの1つである東フランク王国が現在のドイツの原型となった。
東フランク王国の国王オットー1世は962年アウグストゥス(古代ローマ帝国皇帝の称号)を得て、いわゆる神聖ローマ帝国と呼ばれるゆるやかな連合体を形成した。しかし中世におけるドイツには国家としての統一や民族意識はほとんどなく、各地に領邦国家が分立した歴史は現在に続く連邦主義の基盤となっている。各領邦は近隣諸国に比べて弱体で、また宗教改革では新旧両教に分かれて互いに争ったため三十年戦争ではドイツのほとんど全土が徹底的に破壊された。1600万人いたドイツの人口が戦火によって600万人に減少したと言われる。
北部の領邦君主ホーエンツォレルン家は17世紀半ばから勢力を拡大し、1701年にはプロイセン王国を形成した。ドイツ人はナポレオンによる侵略を経て民族意識と統一国家への志向を強め、19世紀前半にはプロイセンに主導的な役割を期待する機運が高まった。1806年まで神聖ローマ皇帝位を世襲していた「大ドイツ主義」派のオーストリアのハプスブルク家は、「小ドイツ主義」派のホーエンツォレルン家とドイツ統一の役割を争ったが、1871年、プロイセン国王ヴィルヘルム1世の戴冠によってドイツは、ドイツ系オーストリアを除く、小ドイツとしてのドイツ国(ドイツ帝国)として統一され、ベルリンを首都とした。
1918年、第一次世界大戦の敗北によってドイツは共和制に移行したが、ヴァイマル共和政は小党乱立により政局は不安定で、驚異的なインフレなど経て1931年には、アドルフ・ヒトラーの指導下で極端な民族主義やユダヤ人の排除、再軍備を唱える国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が選挙で国民からの支持を受け1933年に政権を握ると、独裁国家となり1939年9月に隣国ポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった。
1945年に第二次世界大戦に敗北したドイツはオーデル・ナイセ線以東の、東プロイセンやオーバー・シュレジェン地域を領土として完全に喪失。さらにはアメリカ、イギリス、フランス、ソヴィエト連邦の四カ国に分割占領され、1949年、ボンを暫定的な首都とするドイツ連邦共和国(西ドイツ)とベルリンの東部地区(東ベルリン)を首都とするドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂した。冷戦の時代を通じて東西ドイツは資本主義と共産主義が対立する最前線となったが、1989年ソヴィエト連邦のペレストロイカに端を発した東ドイツの民主化運動(東欧革命)をきっかけにベルリンの壁が崩壊し、翌1990年、再統一を達成し、再びベルリンを首都と定めた。以降、旧東ベルリンを中心とするベルリンの再開発・インフラ整備と、ボンからベルリンへの連邦政府機関移転による実質的な首都機能移転が順次進められ、2001年5月2日にベルリンへの首都機能移転が完了した。
ドイツは現在ではヨーロッパで最大の国家のひとつとなっているが、長期間の分裂を原因とする東西の経済格差がそれまでの順調な成長を妨げている。一方で、歴史的に統一されたドイツが周辺諸国に対して脅威となってきた問題が懸念される点であるという見方もあるが、反対に米ソによってドイツが強国になることを容認されたとの分析もある。実際に、統一ドイツはフランスと共に欧州連合の中核国として発言力を増し続けている。
thumb|right|250px|ベルリン、連邦議会議事堂 詳細はドイツの政治を参照
国家元首は、連邦大統領(Bundespräsident)で、その権能は儀礼的なものに限られる。任期5年で、ドイツ連邦議会(下院)の全議員と各州議会代表の選挙人とで構成される連邦会議において選出される。ドイツ連邦議会の解散権は連邦大統領にある。
行政府の長である連邦首相(Bundeskanzler)は、任期4年で、大統領の提案を受け連邦議会(下院)で選出され、下院の信任を必要とする議院内閣制を採用する。内閣の閣僚は、首相の指名に基づき、大統領が任命する。
議会は両院制。国民の直接選挙で選出される下院のドイツ連邦議会(Deutscher Bundestag)と、州政府の代表で構成される上院の連邦参議院(Bundesrat)とで構成される。下院は、603議席(ただし選挙制度の関係で超過議席が出るため、選挙のたびに実際の議席数は変わる)で任期4年。上院は、69議席で各州政府が任命する。
thumb|245px|ドイツの州区画 ドイツには16の州(land)がある。ベルリン及びハンザ都市の呼称をもつブレーメンとハンブルクは都市でありながら単独の州を形成している「都市州」(Stadt-Staat)である。
ドイツにおける火山活動は先カンブリア代に収束している。先カンブリア代末から始まったカレドニア変動や、後期古生代におこったバリスカン(ヘルシニアン)変動はいずれも主要活動帯がドイツを横切っているものの、地表には痕跡が残っていない。バリスカン変動は2000kmにおよぶ規模の大陸間の変動であった。
現在のドイツの地形を決定したのは新生代における褶曲運動である。アルプス変動帯の活動により、最南部は標高1200mにいたるまで隆起した。ドイツにおけるアルプス変動帯は東アルプスと呼ばれている。同時に西部フランス国境に近いライン川に相当する位置に、ライン地溝を形成する。ライン地溝は、約500kmに渡って南北に伸びる。
ドイツ北部の地表は氷河地形の典型例である。最終氷期においては北緯51度線に至るまで氷河が発達し、ヨーロッパを横切る数千km規模の末端堆石堤を残した。その100から200kmの海岸線方面にはモレーンが残る。末端堆石堤とモレーンの北側にそっていずれも氷食性のレスが堆積し、農業に適した肥沃な土壌が広がる。いっぽう、モレーンの南側は土地が痩せている。ドイツに残る長大な河川はいずれも最終氷期の河川に由来するが、ポーランドのヴィスワ川、ポーランド国境に伸びるオーデル川、エルベ川、ドイツ西部のヴェーザー川が互いに連結し、網目状の流路を形成するなど、現在とは異なる水系が広がっていた。
対米ドル為替レートによる単純換算値では、ドイツはアメリカ合衆国・日本に続く世界第3位のGDPを誇る経済大国であり、EU加盟国第一の経済力を持つ。
主要な産業は自動車・鉄鋼・化学・機械などである。ドイツは戦前から科学技術に優れており、ガソリン自動車やディーゼルエンジンを発明したのはドイツ人であった。また現在見られる液体燃料ロケット(スペースシャトル、ソユーズ、アリアン、H-IIAなどのM-Vロケット等を除くほぼ全てのロケット)は戦時中にナチスが開発した技術が基礎となっている。現在でも技術力には定評があり、自動車はメルセデス・ベンツ、ポルシェ、BMW、アウディ、フォルクスワーゲンといったブランドが世界的に有名であり、人気も高い。その他、化学・薬品大手のバイエル、電機大手のシーメンス、ルフトハンザドイツ航空、ドイツ銀行など、世界的に活動している大企業は多い。
旧西ドイツは日本同様、第二次世界大戦後に急速な経済発展を成し遂げたが、1990年の東西統一以降旧東ドイツへの援助コストの増大、社会保障のためのコスト増大などが重荷となって経済が低迷。また旧東ドイツでは市場経済に適応できなかった旧国営企業の倒産などで失業が増え、旧東側では失業率が17.2%に達し、深刻な問題となっている。また最近では企業が人件費の安いポーランドやチェコなどへ生産拠点を移転させようとしているために、ますます失業が増えるのではないかと懸念されている。
ドイツ連邦軍の構成は陸海空の3軍からなる。 ドイツでは現在も徴兵制度が有り、健康な満18歳以上の男子には兵役義務が課せられる。 ただし、所定の手続きを経れば良心的兵役拒否の扱いになり、定められた期間慈善活動に従事することで、その義務を回避できる。
居住者のうち、国籍をもつ「ドイツ人」は、ゲルマン系のドイツ民族の他に、少数民族(民族デンマーク人、ソルブ人や帰化者などを含む)を加えた91.1%で、残余が外国人である。トルコ人とクルド人が2.5%、その他(ドイツ国籍を持たない民族ドイツ人など)が6.4%となっている。経済情勢の悪化などから、ネオナチなどによる外国人襲撃など人種差別が深刻な問題となっている。
公用語はドイツ語。地域によってはデンマーク語、ソルブ語なども使用されている。
キリスト教カトリック(33.4%)、同プロテスタント(33.4%)、イスラム教(3.1%)、ユダヤ教(0.1%)、その他(30%)
初等教育4年、中等教育以降は職業人向けと高等教育向けの学校は厳格に分けられている。いわゆる「マイスター制」。12歳までは基礎学校(義務教育)で、子どもの能力の見極めが重要になる。13歳から15歳では、就職のための専門的な職業教育が行われる。大学への進学を希望する場合は、ギムナジウムという進学校に進学し、大学進学に必要なアビトゥア資格の取得を目指す。
近年、ドイツの大学は変革の時期を迎えている。ドイツの大学はほぼすべてが州立大学で、学費は基本的に納める必要がない。(ただし、ドイツは州により学費徴収を行うケースもある)しかし、近年のドイツの不況の影響を受け、大学は授業料を徴収するかどうか、検討を始めている。ちなみに、イギリスの大学は非EUの諸国からの留学生に対し、EU圏内の学生の3~4倍の学費を徴収している。毎年、英国の公的機関であるBritish CouncilはGDPが高く、経済力のある国々で大々的に留学フェアを開催し、留学生の獲得を狙っているが、経済的思惑が背後に存在している。
かつてのドイツは大学卒業した者はエリートコースを歩み、大学卒業資格は社会で相当に高い評価を得ていたと言える。しかし、近年、ドイツの財政界からは、もっと柔軟な思考ができる学生が欲しいとの声が強まり、大学のカリキュラムも変革の時期を迎えている。
ドイツからは音楽史上に残る作曲家・演奏家を多数輩出している。またベルリン・フィルをはじめとする世界的レベルのオーケストラも多く、数多くの音楽祭も行なわれている。 オペラ・コンサート・演劇への関心は強く、ある程度の規模の街には国立ないし州立の劇場・オーケストラがおかれている。
日本においては、ドイツはクラシック音楽では世界一の大国として知られているが、ポピュラー音楽については、1979年にリリースされたジンギスカンの『Dschinghis Khan(ジンギスカン)』や、1980年代にNENA(ネーナ)がアメリカ合衆国などでもヒットさせた『99 Luftballons』(ロックバルーンは99)ぐらいしか知られていない。また最近では、旧・東ドイツの都市ライプツィヒの聖トーマス教会の少年合唱団出身者などにより結成されたDie Prinzen(ディー・プリンツェン)が、2002年のサッカー「FIFAワールドカップ日韓大会」で活躍し、最優秀選手に選出されたドイツ代表のゴールキーパーであるオリバー・カーンをモチーフにした曲『OLLI KAHN』が話題を呼び、急遽、日本にも輸入された程度である。
(アメリカや日本でもヒットしたドイツ語のポピュラー音楽はほかに、著名な作曲家であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトをモチーフにしたFalco(ファルコ)の『Rock Me Amadeus(ロック・ミー・アマデウス)』もあるが、モーツァルトもファルコもともにオーストリア人である。)
しかしロック音楽では、むしろヨーロッパ大陸の中心である。プログレッシブロックのタンジェリン・ドリーム、テクノの元祖クラフトヴェルク(クラフトワーク)、 ハードロックのスコーピオンズやマイケル・シェンカー・グループ、ヘヴィメタルのハロウィン、フェア・ウォーニング、またガンマ・レイのカイ・ハンセンは有名である。最近ではラムシュタインが、ドイツ語の歌詞の曲で国内外の人気をよんでいる。またパンク関係でもドイツのグループは根強い存在でもある。 また、テクノやトランスといったエレクトロニック・ミュージックにおいては世界で最も普及している国であると言えよう。世界最大規模のテクノ・レイヴの祭典であるラブパレードがその最も顕著な例である。テクノではスクーターが有名である。
ドイツ・ロマン派のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、フィリップ・オットー・ルンゲなどの画家名やドイツ表現主義などの項目を参照。
ドイツ国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が28件、自然遺産が1件ある。さらにポーランドとにまたがって1件の文化遺産が登録されている。詳細は、ドイツの世界遺産を参照。
宗教的多様性と国家干渉主義の両方の伝統を持つ中央ヨーロッパ。とりわけ旧東ドイツの各州においてセクト(カルト)団体が増加しているドイツでは、予防啓発とセクト脱退者保護の政策が、地方レベルで実施されています。セクト担当委員のポストが各州に創設されました。中央レベルでは、教会法人格の取得に関する認証基準が定められました。情報交換を目的とした作業会議が、州職員と州代表者の間で何度も開かれました。とは言え、市民社会には秩序があり、国家宗教は揺るいでいませんので、この問題への関心は限定的です。現在のところ、禁止されたセクトはありません。その上、国家権力の行動の幅は狭くなっています。WikiSource2004年度Miviludes報告書日本語訳より 抜粋。
ドイツはサッカーが非常に盛んである。ほとんどのドイツのスポーツ競技団体はドイツスポーツ連盟(DSB)に加盟しているがドイツサッカー連盟(DFB)は会員数630万人以上で他を圧して規模が大きい。
ドイツ代表はFIFAワールドカップの常連である。3度の優勝(旧西ドイツ時代)と4度の準優勝を誇るなど、安定した強さを見せるヨーロッパ屈指の強豪である。旧西ドイツ時代の1974年にFIFAワールドカップを開催して優勝しており、2006年には1974年以来32年ぶり2度目(統一ドイツとしては初)のFIFAワールドカップ ドイツ大会が開催され、3位入賞した。FIFAワールドカップ優勝3回は5回のブラジル、4回のイタリアに次いで世界第3位である。
国内のクラブチームの活動も盛んで、トップリーグであるフースバル・ブンデスリーガ(連邦リーグ)は年間数十万の観客動員数を数え、バイエルン・ミュンヘンなどの強豪がしのぎを削っている。
寒さが厳しい地方ではウィンタースポーツが盛んで、冬季オリンピックにも毎回多数のすぐれた選手を輩出している。なお、1936年にはオーストリアとの国境付近の町ガルミッシュパルテンキルヒェンで冬季オリンピックが開催されている(ガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック)。
古くから自動車産業が盛んなことからモータースポーツの伝統国の1つとして知られ、他の伝統国(英国・ラテンヨーロッパ、・ラテンアメリカ等)に比すると多数とは言えないものの、近年は優秀なレーシングドライバーを輩出している。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | Neujahr | |
| 1月6日 | 公現祭 東方の三博士の訪問 | Erscheinung des Herrn Heilige Drei Könige | |
| 復活祭の前々日(金曜日) | 聖金曜日 | Karfreitag | |
| 移動祝日(日曜日) | 復活祭 | Ostersonntag | |
| 復活祭の翌日(月曜日) | 復活後月曜日 | Ostermontag | |
| 5月1日 | メーデー | Maifeiertag | |
| 復活祭より40日目(木曜日) | キリストの昇天祭 | Christi Himmelfahrt | バイエルン州、バーデン=ヴュルテンベルク州、ザクセン=アンハルト州 |
| 復活祭の第7日曜日 | 聖霊降臨祭 | Pfingstsonntag | |
| 聖霊降臨祭の翌日 | 聖霊降臨祭月曜日 | Pfingstmontag | |
| 聖霊降臨祭直後の木曜日 | 聖体の祭日 | Fronleichnam | バイエルン州、バーデン=ヴュルテンベルク州、ヘッセン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州、ラインラント=プファルツ州、ザールラント州、ザクセン州、ザクセン=アンハルト州、チューリンゲン州 |
| 8月15日 | 聖母の被昇天祭 | Maria Himmelfahrt | バイエルン州、ザールラント州 |
| 10月3日 | ドイツ統一の日 | Tag der Deutschen Einheit | |
| 10月31日 | 宗教改革記念日 | Reformationstag | ブランデンブルク州、メクレンブルク=フォアポンメルン州、ザクセン州、ザクセン=アンハルト州、チューリンゲン州 |
| 11月1日 | 諸聖人の日(万聖節) | Allerheiligen | バイエルン州、バーデン=ヴュルテンベルク州、ノルトライン=ヴェストファーレン州、ラインラント=プファルツ州、ザールラント州 |
| 11月第3水曜日 | 贖罪の日 | Buß- und Bettag | ザクセン州 |
| 12月25日・26日 | クリスマス | 1. und 2. Weihnachtstag |
来日した最初のドイツ人の一人に、江戸時代に来日し徳川綱吉とも会見した博物学者エンゲルベルト・ケンペルがいる。ケンペルが著した浩瀚(こうかん)な『日本誌』は詳細な紀行文にして博物誌でありゲーテも愛読した。その後来日して西洋医学を伝えたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトもドイツ人であり、明治以降も日本は盛んにドイツから医学を学んだ。
直接の外交は、幕末のプロイセンの軍艦の品川沖への来航に始まる。アメリカ合衆国のペリーのように武力で外交を開こうとした。このため、明治期の日独関係は、不平等条約で結ばれていた。しかし、後述のように文化面では重要な国となった。
明治時代初期の日本ではドイツ文化全般が非常に熱心に学ばれ、近代化の過程に特に深い影響を与え、日本の近代化は、「ドイツ的近代化」であるともいわれる。伊藤博文は大日本帝国憲法の作成にあたってベルリン大学の憲法学者グナイストとウィーン大学のシュタインに師事し、歴史法学を研究している。 当時の東京帝國大学がヨーロッパから招聘した教員にはドイツ人が多く、明治9年エルヴィン・フォン・ベルツが来日したのをはじめ、哲学では夏目漱石もその教えを受けてケーベル博士と親しまれたラファエル・フォン・ケーベル、化学ではゴットフリート・ヴァグナーなどがいる。
工学においては、大久保利通の命を受けた井上省三がザガン市のカール・ウルブリヒト工場で紡績の生産技術を学び、日本に伝えている。その知識は現代の日本の製造業の礎となった。
軍事においても陸軍はプロイセンを範とし、その制度と理論による近代化に努めた。その後、日本は連合国側に組したためドイツは第一次世界大戦で遼東半島や地中海などで戦火を交えるに至った。また日中戦争ではドイツの軍事顧問団が蒋介石政権の軍事顧問となり日本軍を苦しめた。
第一次世界大戦では捕虜が人道的に扱われた(捕虜を通じてゴム製品や洋菓子などの生産のノウハウが日本に導入された)とはいえ、日本がドイツに参戦せざるをえない事情が特になかったことなどもあり、当時のドイツ大使にとっては対日感情に確執があったとされる。このことと三国干渉を考えると、必ずしも明治期~昭和戦前期の日独関係は必ずしも友好一辺倒であったとはいえない。しかし、アメリカ合衆国やロシアほどの確執がなかったのもまた事実である。
第二次世界大戦では同盟国として日本はゴムなどの資源との交換でドイツからロケットやジェットエンジンなどの技術供与を受けている。同大戦において日本は最後までドイツの同盟国としての立場を貫いたことや、超大国アメリカにも最後まで頑強に抵抗し、原子爆弾によって初めて屈服した国、頼りになる同盟国(戦友の国)として、当時の少年期以上だった世代のドイツ人に記憶された。
戦後も特に技術・経済面での交流は活発で日本にとってヨーロッパ最大の貿易相手国となっている。文化面では明治期ほどの影響力を持たなくなったが、1999年1月から2000年9月までは「ドイツにおける日本年」と定められて日本が総合的に紹介され、また2005年と2006年には「日本におけるドイツ年」の諸企画が予定されるなど、新しい形の日独交流が形成されている。
| 西欧: | アイルランド | アンドラ | イギリス | オランダ | フランス | ベルギー | リヒテンシュタイン | ルクセンブルク |
|---|---|
| 東欧: | アルバニア | ウクライナ | クロアチア | スロベニア | セルビア | ブルガリア | ベラルーシ | ポーランド | ボスニア・ヘルツェゴビナ | マケドニア | モルドバ | モンテネグロ | ルーマニア | ロシア |
| 中欧: | オーストリア | スイス | スロバキア | チェコ | ドイツ | ハンガリー |
| 南欧: | イタリア | ギリシャ | サンマリノ | スペイン | バチカン | ポルトガル | マルタ | モナコ |
| 北欧: | アイスランド | スウェーデン | デンマーク | ノルウェー | フィンランド |
| バルト三国: | エストニア | ラトビア | リトアニア |
アイルランド | イギリス | イタリア | エストニア | オーストリア | オランダ | キプロス | ギリシャ | スウェーデン | スペイン | スロバキア | スロベニア | チェコ | デンマーク | ドイツ | ハンガリー | フィンランド | フランス | ベルギー | ポーランド | ポルトガル | マルタ | ラトビア | リトアニア | ルクセンブルク
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についての Wikipedia
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