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ナインティナイン(NINETY-NINE)は、日本お笑いコンビである。1990年結成。吉本興業所属。

略称「ナイナイ」「99」。本人たちを含め「ナインティーナイン」と発音されるが、表記は「ー」を入れない。

概要

コンビの由来は、「2人が吉本総合芸能学院(NSC)の第9期生であったことから9を2つ重ねて命名した」と公には答えているが、実際には「詳しく答えるのが面倒なのでそういうことにしている」らしい。

岡村の全身を使ったダイナミックなボケと矢部の「~じゃないスか」などの冷静な「敬語ツッコミ」が特徴的。岡村が「身長はひゃくろ***です」とゴマかす「チビネタ」などを得意ネタとする。初期は舞台を中心にコント漫才を行なっていたが、大阪から東京に活動の場を移してからはテレビのバラエティ番組をメインに活動している。東京進出して間もない頃は「ポストダウンタウン」といわれていた。

1990年のコンビ結成直後から常に第一線で活躍し続けている人気コンビで、2006年現在は芸歴的にはすでに「若手」の域を越え、立場的に「中堅」と呼ばれる位置であるが、その芸能活動の安定感はもはや「大御所」の一角を担う存在となりつつある。

同時期にデビューした芸人たちの中では最も早出世であったため、現在も冠番組を数多く抱えており、その反面他の番組へのゲスト出演が少ない。

メンバー

岡村 隆史おかむら たかし) ボケ担当

  • 1970年(昭和45年)7月3日生まれ、大阪府大阪市東淀川区出身。
  • 府立茨木西高等学校卒業。サッカー部に所属し、矢部とは部の先輩後輩の間柄だった。当時のあだ名は「オカチン」。高校卒業後、一浪ののち立命館大学経営学部第2部に入学。しかし在学中に矢部の誘いで吉本総合芸能学院(NSC)に入学、大学は1年で中退した。
  • 身長156cmと小柄だが、運動神経抜群。ブレイクダンスが得意で、10代の頃は大阪で当時No.1だったブレイクダンスチーム、Angel Dust Breakersに所属し、中学生時代に全国大会で優勝した経験を持つ。当時は「キッド」の愛称で呼ばれ、ヘアスタイルも現在のような短髪ではなく、茶色く染めた長髪であった。ブレイクダンスは現在もテレビ番組などで時々披露している。
  • 趣味はガンダムプラモデル作りなど。2005年にめちゃ×2イケてるッ!の企画でプロゴルファーの横峯さくらゴルフ対決をして以降、ゴルフに夢中になっている。
  • プライベートでは、恋愛に関してかなりの晩熟であり、30代後半に差し掛かった現在も独身貴族で、「オナニー伯爵」を自称している。大のアダルトビデオマニアで巨乳フェチの「おっぱい星人」。好きな女性のタイプは仲間由紀恵雛形あきこが結婚するまでは、雛形に好意を寄せていた。
  • 番組で犬に足を噛まれて以来、犬が大の苦手。
  • 時折「小さいおっさん」などと自嘲気味に言うことが多かったが、実妹に子供が誕生し正真正銘の「おっさん」となっている。身長は低いが実は家族の中で1番大きい。タモリから「小さな巨人」と評された事もある。
  • 納豆が苦手。(しかし、ナイナイサイズ内では納豆を克服してもらう為のロケが行われる場合がある)
  • ラジオでは、もしお笑い芸人になっていなかったら、今ごろは公務員として働いていたであろうと話すことがある。

矢部 浩之やべ ひろゆき) ツッコミ担当

  • 1971年(昭和46年)10月23日生まれ、大阪府吹田市出身。愛称は「やべっち」。
  • 最終学歴は府立茨木西高等学校卒業。前述の通り元サッカー部であり、その腕前は現在も芸能界髄一である。かつては地元大阪の名門実業団チーム・ヤンマーディーゼル(現在のセレッソ大阪)の入団を目指していたこともあった。
  • 勉強はあまり得意ではなく、大学受験に失敗し進学を諦めてお笑い芸人の道を選んだという経緯がある。「めちゃ×2イケてるッ!」のテスト企画では、常に最下位から数えて3番目。
  • 出自があまり裕福ではなく、「テレビに出るまで美味しいものを食べられなかった」と語るなど番組でよくネタにされる。芸能界で成功して以来、大阪の実家の家計を支える大黒柱となっている。その反動からかかなりの成金趣味であり、ロレックスを愛用、愛車はメルセデス・ベンツ、先頃六本木ヒルズに住まいを移すという絵に描いたような「成り上がり」振りを見せている。
  • 後輩の芸人たちに対して面倒見のいい親分肌であり、羽振り良く食事に連れて行くことが多い。後輩たちからは「兄様(にいさま)」と呼ばれ慕われている。
  • 爪を噛む癖がある。なので、手を口の前に持ってきたまま笑っている姿がよく見られる。また、甲高い笑い声が特徴的で、よくものまねの対象になる(原口あきまさ山口智充ら)。
  • 髪の色を茶色に染めているが、これは若白髪で白髪染めを使用しているためである。また以前は八重歯があったが、差し歯にし歯列矯正を行なった。
  • 自身のラジオ番組では、時期外れの映画の話題作を賞賛したり、突然「落ち武者を見たことがある」「俺は身体が柔らかい」などと口走るなど、奇妙な言動をしては相方やリスナーたちにからかわれている。
  • 好きなファッションブランドは 「Number(N)ine」「SOPH.」「HYSTERIC GLAMOUR」。

略歴

大阪府立茨木西高等学校サッカー部の先輩後輩として出会う。岡村は矢部の兄・矢部美幸(現ファンタスタープロモーション代表取締役)とサッカー部の先輩後輩で面識があり、自宅へ招かれたところに弟の矢部浩之が居たのが初対面となる。後に矢部が同じ高校のサッカー部に所属し、練習中に矢部から岡村に「岡村さん、『夕やけニャンニャン』って見てはります?僕あれ観てるとワクワクするんですよ」と話しかけたのが初めての会話となった。

1989年、矢部が大学受験に失敗したことに伴い、当時立命館大学の学生だった岡村隆史を誘い、NSCに9期生として入所する。コンビ結成当時は岡村がツッコミ、矢部がボケを担当していた。しかしNSCの講師に「ボケとツッコミが逆」と言われたことにより役割を交替している。

この頃から岡村の父親は矢部を毛嫌いしており、「隆史ヤクザの世界へ連れ込みおって、矢部を許せへん。」と激怒していたという(活動が安定した近年はある程度和解している模様)。

  • 岡村と矢部がNSCへ入所することを相談した際、、矢部の兄・美幸は、「弟にはお笑いの世界にいかせない」と反対だった。理由としては、簡単に売れる世界ではない上、自らも芸人として苦労していたことかららしい。(岡村談)

実は2人は正式にNSCを卒業しておらず、授業料未納により除籍処分(出入り禁止)となっている。吉本興業に所属するきっかけを作ったのは矢部の兄・美幸(岡村談)。

1991年、吉本の若手コンビ6組で構成されるユニット「吉本印天然素材」に加わり、東京のお笑い界へ進出。ここで身長が低くいい動きを見せていた岡村が一際目立ち、これに合わせてコンビとしても頭角を現し全国的に徐々に知名度を得ていった。その後はナイナイ単独でテレビに出演する機会も増え、1994年に「天素」から脱退する。

程なくして、当時人気番組であった「ねるとん紅鯨団」(フジテレビ系)の芸能人大会にコンビで出演。岡村が豪快に振られるなど、お笑い芸人として見事な活躍を見せる。この頃から人気・知名度が急上昇、芸歴4年そこそこながら多くのレギュラー番組を獲得していった。

その後レギュラー番組が途切れることもなく第一線で活躍、現在に至っている。

1999年にはゴロ合わせで「ナイナイの年」と銘打ち、映画出演や多数のライブイベントなどを精力的にこなした。

賞歴

漫才

映画

メディア

テレビ

ドラマ

バラエティ

特別番組

ラジオ

1994年4月から担当。「allnightnippon SUPER!」(1999年4月~9月)、「@llnightnippon.com」(1999年10月~2003年3月)時代を含め、12年以上続く長寿番組(2006年8月現在、「オールナイトニッポン」の歴代パーソナリティ最長記録を更新中)。

過去のレギュラー番組

ドラマ
バラエティ
過去のレギュラー番組

作品

ライブ

毎年9月9日を「ナインティナインの日」と位置付け、2人の地元である大阪で毎年同日に「ナイナイライブ」を行なっており、2004年は当日が木曜日であったためラジオ大阪より「オールナイトニッポン」を放送した。

  • ナインティナインライブ Vol.1 「鉄人の逆襲」 (1997年 IMPホール
  • ナインティナインライブ Vol.2 「GREEN」 (1998年 近鉄劇場
  • ナインティナインライブ Vol.3 「シンドバッドな男たち」 (1999年 大阪メルパルクホール
  • ナインティナインライブ Vol.4 「尺八」 (2000年 大阪メルパルクホール)
  • ナインティナインライブ Vol.5 「カステラ」 (2001年 大阪メルパルクホール)
  • ナインティナインライブ Vol.6 「GTI」 (2002年 大阪メルパルクホール)
  • ナインティナインライブ Vol.7 「西」 (2003年 大阪メルパルクホール)
  • ナインティナインライブ Vol.8 「チョピン」 (2004年 大阪メルパルクホール)
  • ナインティナインライブ Vol.9 「ZAMAS」 (2005年 大阪メルパルクホール)

映画

ゲーム

CM

CD

  • 『愛した人はバツイチ』 ナインティナイン with 清水ミチコ1994年
  • 『想い出がいっぱい』 岡村隆史 (映画『無問題』主題歌、H2Oの広東語カヴァー)
  • 『無問題2 ― オリジナル・サウンドトラック』

備考

お笑いを目指すきっかけ
  • 大学生だった当時は体育教師を目指していた岡村だったが、それは「安定した職についてほしい」という父の勧めによるものであった。矢部の誘いをきっかけに「俺は親父の敷いたレールの上を歩いていただけやった」(岡村談)と思い直し、お笑いへの方向転換を決意したという。
  • この時岡村の父は矢部に対し「息子をヤクザな世界に誘った奴なんか許せへん!」と大激怒し、その後矢部が岡村の家に遊びに行っても口を全く聞いてくれなかった。お笑い芸人として成功した現在も岡村の父は矢部を完全には許してはおらず、険悪な関係のままのようであるが、先頃岡村が「今では親父は少しは認めてきていた」とラジオの中で発言している。
サッカー
  • 部活経験から現在も共にサッカーファンとして有名。岡村は草サッカーチームを持っており、矢部に至ってはテレビ朝日系列で「やべっちFC」というサッカー情報番組を持っている。
  • 矢部に嫉妬する岡村は、時々「やべっちFC」にVTR出演しキャスター起用を直訴するほか、「オールナイトニッポン」の中で「おかっちFC」というコーナーを勝手に作り、勝手に日本のサッカーを批評している。
長寿番組
  • 彼らの手がけるレギュラー番組は長く放送されている番組が多い。

*ぐるぐるナインティナイン1994年4月 - ) 12年3ヶ月
*ナインティナインのオールナイトニッポン1994年4月 - ) 12年3ヶ月
*めちゃ×2イケてるッ!1996年10月 - ) 9年9ヶ月
*ナイナイサイズ!2000年10月 - ) 5年9ヶ月
(2006年7月現在)

マネージャー
  • ナインティナイン担当の歴代マネージャーはあだ名を付けられるのが恒例になっている。命名は何故かよゐこ有野晋哉。特にキャラクターが特徴的な人物は「ナインティナインのオールナイトニッポン」で面白いエピソードとして語られてしまうため、リスナーにもネタにされることが多い(「坪倉大臣」など)。
  • 岡村には「自分が芸能人である以上、一般のサラリーマンであるマネージャーとは一線を引いて付き合う」というポリシーがあり、呼び捨てにしたくないという気持ちからあだ名を必ずつけることにしているようである。一方の矢部は普通に苗字を呼び捨てにして呼んでいる。
  • 歴代マネージャーのあだ名には、河内マン・坪倉大臣(ツボクレンジャー)・磯塚センターフライ・イトックス・なかなかじま・お茶子さん・サトスター・眠り姫などがある。「サトスター」は「ナイナイサイズ!」のお見合い企画にも登場したことがある。
その他

関連項目

外部リンク


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