ヒロミ






ヒロミ(本名:
小園 浩巳(こぞの ひろみ)、
1965年2月13日 - )は、
東京都八王子市出身の
タレント。
プロダクション人力舎、ビーカンパニー、
田辺エージェンシーを経て現在は再びビーカンパニー所属。妻は
歌手でタレントの
松本伊代。
血液型はA。
南原清隆と同じ生年月日。また、
出川哲朗は同じ誕生日で1年年上。身長171cm。現在レギュラー番組ゼロ。
経歴
- 1991年9月放送のバラエティ番組『1or8』(フジテレビ系)にて、大量のロケット花火を背負って宇宙へ行こうという企画・「ヒロミ宇宙へ」の際、わずかに浮き上がるも火傷を負い入院(この時、付き合っていた頃の松本伊代が面倒を見ていたという報道がされたが、後に松本がTV番組で否定している)。番組も打ち切りになってしまった。その際、「地球は青かった」というコメントを残す。
- 2004年7月27日、星セントの葬儀に参列し、「セントさんにこの世界は厳しいからやめておけ、と言われた。今はその言葉がみにしみて分かる」と発言。
- 芸能界に』入る前は日産自動車の子会社で1年ほどセールスマンを経験しており、営業成績はトップクラスであったという。
人物
- 元暴走族で、本人もそれをよくネタにしているが、俳優の宇梶剛士元ブラックエンペラー八代目総長、を前にしたとき舎弟口調にすぐ変る。普段は先輩芸人にもデカイ口をたたく芸風??だが。
- 大物にも容赦ない言動と全方位体勢で強烈なツッコミは、浜田雅功に匹敵するほど注目を集めた(ちなみに浜田の父とヒロミの父は高校の同級生である)。
- 芸能界の先輩である木梨憲武とは公私ともに仲が良く、「憲ちゃん」と呼ぶほどである。
- 2000年代以降はレギュラー番組が減少しており、テレビで見かける機会が少なくなっている。これは『発掘!あるある大事典』で共演していた堺正章と確執があったとの噂があるが、その後も射撃仲間として付き合いを続けていること、当時は堺と同じ田辺エージェンシーに所属していたことなどを考えると、この噂は不透明であり、真相は定かではない(番組プロデューサーの確執との噂が一般的。干す為に堺を利用したという説もある)。だが、『発掘!あるある大事典II』では、1回だけゲスト出演をし、2005年後半から徐々に盛り返してきている。
俳優活動
初めてレギュラー出演した『クリスマス・イヴ』では、ヒロインの兄を好演。
本編終了後のスペシャル番組では大きな役を任される予定だったが、『1or8』での事故により出演も出来なくなってしまった。
矢沢永吉ファンであった為、矢沢主演のドラマ『アリよさらば』には、スタッフに頼み込んでゲスト出演する事に成功。
感激して現場でパニくるほど喜んでいた。
音楽活動
意外だが、盛んに行っていた。B-21スペシャルとして『お世話になりました』のユーロビートアレンジ(サウンドプロデューサー/アレンジは崎谷健次郎)のカバーでデビュー。
その後は番組『前略ヒロミ様』内で×-GUN(現:丁半コロコロ)の西尾季隆らと結成したバンド、フライングオイスターズでライブを行い、CD『振り向け』(作曲は宇崎竜童、作詞は宇崎の妻の阿木燿子)をリリースする。
『輝け!ソングラ天国』で出会ったTHE・茶番とのコラボレーションでのCD『ビンテージ』(作詞も担当)もリリース。
他に『apa 大人の遊び方』内で仲間(小島嵩弘ら)とバンドを結成し、自作曲(主に詩を担当)を披露し、ライブハウスON AIR WEST(現O-WEST)でライブも行っていた。
レーシングドライバーとして
ヒロミはレーシングドライバーの経験もある。2001年はアルテッツァシリーズ、番組内では全日本GT選手権で活躍しているマクラーレンF1GT-Rをテスト走行。2002年には脇阪寿一と脇阪薫一と共にスーパー耐久に参戦している。2003年にはGC-21にも参戦している。そして2004年には、保阪尚希、岩城滉一らとレーシングチーム(フィールズレーシングチーム)を結成。全日本GT選手権(JGTC、現Super GT)に参戦している(2004年度はチーム外国屋、2006年度はジムゲイナーレーシングで参戦。保坂尚希については、2004年度にsuper耐久シリーズに参戦していた。)。だが、予選には予選基準タイムを通過できないときもあり、リタイアも多かった。そのため、ポイントを獲得できなかった。2005年には参戦していなかったが、2006年再び復帰している。
また、2005D1GPお台場エキシビジョンマッチにゲストとして審査員になり会場を沸かせた。
出演していた番組
メイン司会
ドラマ
レギュラー番組
B-21スペシャル
スペシャル番組
ラジオ
映画/Vシネマ
外部リンク