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FNS歌謡祭(エフ・エヌ・エスかようさい)は、フジテレビ系列で毎年12月放送される大型音楽番組である。

概要

  • 1974年(昭和49年)『FNS歌謡祭・音楽大賞』を制定。7月2日に第1回を開催。初代司会者小川宏吉永小百合のコンビだった。第1回の年間最優秀グランプリは五木ひろし。1974年と1975年に関しては上半期・下半期でそれぞれグランプリを決定し、12月末に年間最優秀グランプリを決定するという方式が採られていた。
  • 1985年までは毎年12月の第1、第3火曜日の2回開催(「発表!~」「決定!~」のタイトル。前者は各賞のノミネート楽曲を発表し、後者はその中からグランプリを含む各最優秀賞受賞者・受賞曲を決定する形式)だったが、1986年より12月の火曜日の1回開催(『決定!FNS歌謡祭'86~'90グランプリ』のタイトル。ノミネート楽曲→各賞を同日において即時に決定する形式)となる。
  • 以後、ライバル日本テレビ音楽祭など各局の音楽賞レース番組が次々と姿を消し、時代の波に呑まれたFNS歌謡祭も1990年を最後に「音楽大賞」を廃止。翌1991年以降は『FNS歌謡祭』のタイトルを残し、その年を代表する歌手が大挙出演する歌謡ショー形式に変更。1991年放送分のみ歴代のグランプリ受賞者が出演し代表曲を歌うステージとなる。それまで火曜日開催だったFNS歌謡祭はその後、火曜ワイドスペシャル枠廃止に伴い1997年からは第1木曜日に、2003年から現在の第1水曜日となり、2度にわたって開催日を変更している。
    • 現在の第1水曜日になった経緯は1999年木曜日時代、裏番組にSMAPのメンバーの1人・中居正広が「うたばん」の司会を務めていることから2002年は出演せず、局に視聴者から苦情が耐えなかった。翌2003年に「世界で一つだけの花」が大ヒットしたことや、これまで放送した第1木曜日(12月4日)が当初6月に予定しながらもSARSの関係で延期された「東アジアサッカー選手権2003」の第1戦を放送されることとなり、現在の経緯となり、スポンサーも夜7時~9時は特別枠扱いになり、9時以降はレギュラー番組のスポンサーにネット局もFNS27局ネット(テレビ大分も遅れネット・土曜深夜に放送)に変更された。
  • FNS歌謡祭のテーマソングとして、「花咲く歌声」(作詞:保富康午、作曲:広瀬健次郎)がある。このテーマソングはコンテスト時代の第1回(1974年)から第17回(1990年)までのオープニング及びエンディングにおいて東京混声合唱団によるコーラスで歌われていたが、歌謡ショー形式に変更された1991年以降は歌われなくなり、インストゥルメンタルのみとなる。2005年放送分では1990年以来15年ぶりに一部のフレーズのみではあるが、歴代司会者のトークの名場面の中で合唱団によって「花咲く歌声」を歌うシーンが久しぶりに放送された。(このテーマソングの歌詞についてはノートの項目を参照)
  • NHK紅白歌合戦に出場しない話題のアーティスト等が出演したこともある。今までにはCHAGE and ASKA小田和正スティングデスティニーズ・チャイルドおニャン子クラブジャッキー・チェンYMO子門真人ビューティ・ペアクラッシュギャルズ伊集加代子(伊集加代に改名)、志村けんとだいじょうぶだぁファミリーケニー・ロギンス一世風靡セピアa-haKinKi KidsCrystal KayV6フィンツィ・コンティーニーCoCoMr.ChildrenI WiSHなど。
  • 現在は新高輪プリンスホテル「飛天」より生放送で行われている。(1996年1997年横浜アリーナ、コンテスト形式時代は中野サンプラザ日本武道館、フジテレビ旧河田町社屋第6特設スタジオ、帝国ホテル「孔雀の間」、京王プラザホテル「コンコードボールルーム」、旧日劇新宿コマ劇場
  • 2003年は視聴率21.2%、2004年は『30周年記念・2004FNS歌謡祭』と銘打って視聴率21.7%を記録。歌手別では松平健が『マツケンサンバII』で番組出演者内最高視聴率を獲得。(視聴率は関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
  • 2005年はこれまで1996年-2004年の8年間、楠田枝里子・川端健嗣アナの司会から、8代目司会者に黒木瞳・草彅剛を迎え、生演奏の曲目を増加する等リニューアルされた(川端アナは進行役として9年連続の続投)。視聴率20.1%をマークし、民放の音楽番組としては3年連続で唯一20%越えを記録した。

司会者

基本的に同番組の司会者は当時のフジテレビの代表的な番組の出演者若しくは同局のアナウンサーが抜擢されることが多い(小川-「小川宏ショー」、吉永・関口-「スター千一夜」、芳村・古舘-「夜のヒットスタジオ」、楠田-「なるほど!ザ・ワールド」、草彅-「SMAP×SMAP」「僕らの音楽」(ナレーション))。

司会組み合わせ

FNS歌謡祭の司会者の組み合わせの変遷は、次の表の通り。通常は男性・女性によるコンビだが、1987年から1989年までのみ男性コンビ(露木、古舘)による司会となった。

司会者組み合わせ変遷
年度男性女性視聴率
1974年昭和49年)小川  宏吉永小百合
1975年(昭和50年)
1976年(昭和51年)浅茅 陽子
1977年(昭和52年)関口  宏芳村 真理36.0%(第2部)
1978年(昭和53年)露木  茂
1979年(昭和54年)
1980年(昭和55年)
1981年(昭和56年)
1982年(昭和57年)
1983年(昭和58年)
1984年(昭和59年)
1985年(昭和60年)
1986年(昭和61年)
1987年(昭和62年)露木  茂
古舘伊知郎
1988年(昭和63年)
1989年平成元年)
1990年(平成2年)露木  茂楠田枝里子
1991年(平成3年)
1992年(平成4年)
1993年(平成5年)
1994年(平成6年)
1995年(平成7年)
1996年(平成8年)川端 健嗣24.0%
1997年(平成9年)21.7%
1998年(平成10年)19.7%
1999年(平成11年)22.2%
2000年(平成12年)22.5%
2001年(平成13年)16.3%
2002年(平成14年)19.0%
2003年(平成15年)21.2%
2004年(平成16年)21.8%
2005年(平成17年)草彅  剛黒木  瞳20.1%

※各年度の視聴率は関東地区の数字(ビデオリサーチ調べ)。また、1977年(昭和52年)の「第2部」というのは、「決定!FNS歌謡祭´77最優秀グランプリ」(1977年12月20日放送)のことである。

※メイン格の司会は、1974年~1976年=小川宏→1977年~1986年=芳村真理→1987年~1995年=露木茂アナウンサー→1996年~2004年=楠田枝里子→2005年=黒木瞳。
通常はフジテレビ所属アナウンサーがタレントとコンビを組む場合には「アシスタント」となる場合が一般だが、1987年~1995年の露木アナに関しては、相手役であった古舘伊知郎、楠田枝里子両者が元・局アナであり、かつアナウンサーとしてのキャリアとしては露木のほうが先輩に当たる、ことなどが考慮されてか、当時の新聞欄などでも司会者として古舘・楠田より先に露木アナの名前がクレジットされており、番組内での自己紹介の順序も露木アナの方が先であったなど、全編を通じメイン格司会者としての扱いがなされた(芳村時代について露木は芳村の後に自己紹介を行うなどあくまでも芳村のアシスタント役であった)。

FNS歌謡祭グランプリ受賞歌手・受賞曲

(1974年~1990年 開始当初~1977年までは「'(年号・下二桁)年間最優秀グランプリ」だったが、
 司会者が言いづらかった反面、1978年より「グランプリ」に改称された。)

  • 1974年 五木ひろし『みれん』
  • 1975年 布施明『シクラメンのかほり』〔アーティストのみ最優秀歌唱賞も受賞〕
  • 1976年 都はるみ『北の宿から』〔最優秀歌唱賞も受賞〕
  • 1977年 石川さゆり『津軽海峡冬景色』〔最優秀歌唱賞も受賞〕
  • 1978年 沢田研二『LOVE(抱きしめたい)』
  • 1979年 西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』
  • 1980年 五木ひろし『ふたりの夜明け』
  • 1981年 寺尾聰『ルビーの指環』
  • 1982年 松田聖子『野ばらのエチュード』
  • 1983年 細川たかし『矢切の渡し』
  • 1984年 五木ひろし『長良川艶歌』
  • 1985年 中森明菜『ミ・アモーレ』
  • 1986年 中森明菜『DESIRE-情熱-』
  • 1987年 近藤真彦『愚か者』
  • 1988年 中山美穂『Witches』
  • 1989年 光GENJI『太陽がいっぱい』
  • 1990年 B.B.クイーンズ『おどるポンポコリン』

FNS歌謡祭最優秀新人賞受賞歌手・受賞曲

(1974年~1990年、ただし1974年は「最優秀ホープ賞」として授与)

演奏オーケストラ

  • 1974年~1984年 ダン池田とニューブリード(指揮:ダン池田
  • 1985年 ザニューブリードスペシャル(指揮:三原綱木
  • 1986年 THE HIT SOUND SPECIAL(指揮:新井英治
  • 1987年 THE HIT SOUND SPECIAL(指揮:新井英治)
  • 1988年 THE HIT SOUND SPECIAL(指揮:新井英治)
  • 1989年 THE HIT SOUND SPECIAL(指揮:服部隆之
  • 1990年よりオーケストラ制度廃止。2002年頃より小規模ながら復活したが、1989年までのオーケストラの編成の形はとられず、バイオリンのみというのが多い。指揮者も設置されず。
  • 2005年では紹介された楽曲のうち半数がハウスバンドによる生演奏となる。最後のSMAPの曲のみ指揮者が設置され、1989年に指揮を担当していた服部隆之が担当した。

補足

  • 木曜日時代の1999年2002年までの4年間、裏番組のTBSテレビうたばん』が『うたばんF・N・S歌謡祭(フレッシュ・ノーギャラ・スペシャル)』と題した企画を放送していた(2002年にこの回に出演しなかったSMAPが出演したらしく、これに関する苦情が多かったらしい)。
  • FNS歌謡祭テーマ曲「花咲く歌声」は「オレたちひょうきん族」内のパロディー企画『ひょうきん歌謡大賞』のテーマソングにも流用されていた。しかし『ひょうきん歌謡大賞』は「FNS歌謡祭」よりも、「日本歌謡大賞」をモチーフにしている。
  • ワンナイR&Rスペシャル』で2005年4月6日の21:30~23:48(JST)に、松浦ゴリエプロデュースによる「FNS志賀歌謡祭」という企画を放送していた。AP志賀直哉に対して離婚経験芸能人が判定する「行列ができる離婚相談所」や生放送部分もあった。(この企画に関してはFNS歌謡祭責任者の港浩一の許可もあり実現)
  • 「秘蔵VTR感動の名曲集」(1974年からその年の昨年放送分まで)は2002年放送分からオンエアされている。(2002年の放送分よりようやく1974年~1990年までのいわゆるコンテスト形式の名場面も含まれて放送されるようになった。)それに加えて2004年では歴代司会者のうち初代の小川宏・吉永小百合、黄金期であった1978年~1986年の司会コンビ、芳村真理・露木茂のトークの名場面が放送されたが、2005年では草彅剛・黒木瞳を除く全ての歴代司会者のトークの名場面が放送されていた。また2005年ではコンテスト形式時代の「グランプリ」「最優秀新人賞」受賞シーンの名場面をピックアップして放送している。2003年よりジャニーズ事務所所属タレントやOBを中心とした「ジャニーズヒストリー」も併せて放送されている。
  • それまでは「ベストヒットセレクション」として1990年代のみの形式変更後の名曲しか放送されていなかった。
  • 2001年では「2001FNS歌謡祭」放送10周年記念と題していたが、これはコンテスト形式の年数を含まない形で「10周年」としていた。しかし、コンテスト形式時代を歴史から抹消されたことに対して、またオープニングと提供バックに流れていた謎の映像があるなど一部から抗議の声も上がったのか、次第にコンテスト形式時代からの歴史が尊重されるようになり、2004年は「30周年記念・2004FNS歌謡祭」と題し、1974年の第1回の放送から通算した年数のタイトルで放送された。

【#スポンサーの題目については「ノートの項目」に記載されているとおりの条件により一切省略させて戴きます。】

スタッフ

2005年現在

関連項目

外部リンク


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