ホーム
     


宮城県にこのページをメールしてください。プリンターになフォーマットこのページをブックマークをしてください。にするのいをしてください。 宮城県テキストのきさをやしてくださいテキストのきさをさせてください

世界 > アジア > 東アジア > 日本 > 東北地方 > 宮城県
宮城県のデータ
宮城県の位置
自治体コード 04000-2
知事 村井嘉浩(むらい よしひろ)
面積 7,283.85km²
全国第17位
総人口 2,359,991
(2005年10月1日:全国第15位)
世帯数 864,738世帯
(2005年8月1日)
ISO 3166-2 JP-04
宮城県の花 ミヤギノハギ
宮城県の木 ケヤキ
宮城県の鳥 ガン
宮城県の獣 シカ
宮城県の歌 宮城県民歌:輝く郷土
宮城県民歌
宮城県庁
所在地 〒980-8570
宮城県仙台市青葉区本町三丁目8番1号
電話番号 022-211-2111
外部リンク 宮城県庁
市町村境界図
center|180px|宮城県、市町村境界図

宮城県(みやぎけん)は、東北地方の県のひとつである。東は太平洋に面し、西は奥羽山脈に接する。県庁所在地である仙台市を中心に、仙台都市圏仙台経済圏が形成されている。

ササニシキひとめぼれをはじめとした所として有名。世界3大漁場の「三陸沖漁場」に近いため、全国屈指の水揚げ量を誇り、県内に特定第三種漁港を気仙沼港石巻港塩釜港と3つ抱える。一県に複数の特定第三種漁港が有るのは日本国内において他に例がない。カツオサンママグロの他、牡蠣ふかひれホヤ等の特産の水産物がある。これらの豊富な食材を産出する事を県外にアピールするために、宮城県は「食材王国宮城」を謳っている。

気候は、夏は酷暑が少なく、冬は温暖で降雪量も東北の中では少ないので、過ごしやすい。

地理

right|200px|宮城県の地形図

地域

行政の面では、宮城県庁により以下の7つの地域圏に分類されている。括弧内は中心地区の呼び名。宮城県内では、「出身地は?」との質問に対し、以下の中心地区の呼び名でこたえることが多く、地域圏名の代わりとして一般化している。平成の大合併以前に、小規模な市町村が多くあった県北の方では、宮城県人であっても全ての市町村を覚えていないため、この傾向が強い。新幹線の駅がある地域圏には、その駅名を付記する。なお、県北部と県東部は過疎が問題になっており、県庁による地域圏(地方行政組合)の再編が予定されている。

それぞれの地域圏の市町村を以下に列挙する。現在、県内には13市5区10郡22町1村がある。

仙台都市圏 1,463,839人

仙南圏 192,113人

石巻圏 224,573人

大崎圏 219,350人

気仙沼・本吉圏 102,840人

登米圏 86,708人

栗原圏 81,562人

歴史

古代

現在の宮城県の地には、古墳時代からヤマト王権の影響力が及んでおり、東北地方最大の雷神山古墳名取市)などの前方後円墳が造られていた。古墳時代後期には、厚葬禁止の令に従い、横穴式古墳も多く造られた。多賀城以前の官衙郡山遺跡)は、現在の仙台市太白区郡山に設置された。

724年(奈良時代)、多賀城が設置され、現在の宮城県中南部は奥六郡日高見国)と対峙する軍事・政治の拠点化が進んだ。また、陸奥国分寺国分尼寺が、現在の仙台市若林区木下周辺に設置された。のちに多賀城は、現在の仙台市宮城野区岩切に移転したと考えられている(遺構は発見されていない)。

中世

平安時代になると、奥六郡のアテルイ平泉奥州藤原氏と対峙して畿内政権側の拠点となったが、平安末期に武家の勢力が拡大すると、権力並立 (武家公家寺家) が進んで畿内政権(特に公家)の力が次第に弱まっていった。

鎌倉時代には、奥州藤原氏征伐の恩賞により、葛西氏などの坂東の有力氏族や武士たちが守護地頭として現在の宮城県域に多く入植した。室町時代に入ると、南北朝の争いが起こったが、足利一族の斯波氏奥州探題を称し多賀城に入ると、争いは次第に沈静化していった。

斯波氏の傍流である大崎氏奥州管領職に着くと、大崎氏が東北地方(奥羽両国)の盟主となった。1392年に奥羽両国が鎌倉府直轄支配下に置かれ、大崎氏の奥州管領権は大きく制約を受けた。1400年に大崎氏が奥州探題となると、再び大崎氏は東北地方の盟主の座に上り、以後、戦国時代に到るまで、東北地方は室町幕府→奥州探題・大崎氏を中心とした支配体制になる。

近世

戦国時代になると、南東北奥羽山脈西側に連なる盆地群に拠点を置く武将たちの勢力が強くなり、大崎氏の権勢は衰退し、最終的に米沢伊達氏の軍門に下った。安土桃山時代伊達政宗が、奥州移封を受けて米沢から大崎地方岩出山に拠点を移したが、間もなく千代(せんだい→仙台)に拠点を移した。

伊達政宗は、豊臣氏徳川氏との緊張関係を考慮して、天然の地形が防御に適した青葉山に居城として仙台城を構えた。1600年に城の縄張りを始め、「千代(せんだい)」を「仙臺(仙台)」に改めて、城下町建設も開始した。冬季の乾燥や季節風対策として、防火林防風林防雪林の植樹を城下町に奨励した。また、四ツ谷用水の開削もあって、仙台は沢山の居住者を涵養できるようになり、62万石の仙台藩の藩経済を背景に、仙台城下は奥州一の大都会を誇った。港町である石巻江戸(東京)との交易で栄えた。

伊達氏は代々「陸奥守」を称し、東北の雄藩となった。1868年の戊辰戦争の際に奥羽越列藩同盟の盟主となったが、新政府軍に敗れて石高を28万石にまで減らされることとなった。すると、秩禄が減って困窮した家臣団は、蝦夷地北海道)に大量に移住した。

近現代

明治時代になると、明治政府中央集権体制の下に組み込まれ、東北地方支配の政治的拠点とされた仙台市を中心に発展が始まった。仙台には、富国強兵政策によって陸軍が置かれ、また東北帝国大学を始めとした高等教育機関が設置された。一方で仙台湾のほとんどが砂浜で臨海工業の適地がなかったため、殖産興業時代から高度経済成長に至るまで、宮城県では第二次産業が発展しなかった。ただし、石巻湾に石巻工業港、仙台湾に仙台港(いずれも掘り込み式)が造られ、工業集積はある程度進んだ。

高度経済期頃より、第二次産業から第三次産業への転換が進むと、東北自動車道仙台バイパスの建設、および広大な流通団地の建設によって、仙台は東北地方の卸売り商業の中心、および支店経済都市として人口が激増し、その他の県内拠点都市も発展した。その後、東北新幹線の開業やモータリゼーションバブル経済等の影響から、仙台市とその周辺が特に発展し「仙台都市圏」が成立した。さらに1990年代には東北地方において高速道路国道バイパス整備が進み、陸上交通が再編されると、仙台から100km圏の一体化が進んだ。

年表

(これ以前の国府跡・郡山遺跡が発見されているが、書簡等の決定的な出土物が発見されていない)

人口

県庁所在地である仙台市への人口集中率が約43%と著しい(プライメイトシティ)。これは京都府に次ぎ全国第2番目の高さである。2005年国勢調査速報値によると、1924年以来一貫して伸び続けてきた人口が初めての減少に転じた。仙台都市圏の人口は依然として伸びているが、郡部の人口減少が著しい状況となっている。

年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 千人

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g01.png 105
5 - 9 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 110
10 - 14 画像:g50.png画像:g05.png画像:g01.png 115
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 135
20 - 24 画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png 172
25 - 29 画像:g50.png画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 167
30 - 34 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png 169
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 148
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 148
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 158
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png 182
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png 163
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 142
65 - 69 画像:g50.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 130
70 - 74 画像:g50.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 121
75 - 79 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 99
80歳以上 画像:g50.png画像:g01.png画像:g01.png 107

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 千人

年齢
54 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png 51
56 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 54
59 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 56
70 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 15 - 19 画像:r30.png画像:r01.png画像:r01.png 65
88 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png 20 - 24 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 84
84 画像:g30.png画像:g10.png画像:g01.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 83
85 画像:g30.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 84
74 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 74
74 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 74
79 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 79
91 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r05.png 91
82 画像:g30.png画像:g10.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png 81
69 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 73
60 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 65 - 69 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 70
54 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 70 - 74 画像:r30.png画像:r03.png 67
42 画像:g10.png画像:g10.png 75 - 79 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png 57
35 画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r05.png 72


行政

歴代宮城県知事(公選)

経済

宮城県の1人あたり県民所得はおよそ250万円(2001年)で全国的には中位に位置する。

以前は、仙台都市圏とその他の地方の所得格差があったため、仙台市が求職者を吸引して社会増を実現し、毎年1万人程度の人口増があった。同時に仙台市のベッドタウンとなっている周辺自治体の人口増もあった。しかし、1998年頃から仙台市の社会増の減少が顕著になってきている(周辺自治体は社会増がある)。これは、仙台の景気後退を受け、東京と仙台との間の所得格差が開いたために、仙台よりも東京に就職口を求める傾向が出てきたことによる。ただし、高卒の就職口としては仙台が未だ人気があるため、東北地方の他県からの求職者が仙台に集中して競争率が上がってしまい、宮城県内の高校卒業者の就職内定率は東北地方内で最低水準が続いている。なお、仙台都市圏以外では、道路の改良によってロードサイドショップの商圏が拡大している大崎市古川が社会増となっており、宮城県内の第二の都市圏の地位を石巻都市圏から奪う勢いがある(最寄品を販売している中心部商店街は苦境に立っている)。宮城県内の経済は、仙台市周辺から石巻市にかけての「仙台湾沿岸部中心」の時代から、内陸部の仙台都市圏を中心とした「国道4号沿い」に変化しており、関東での「東京湾沿岸(京浜葉)時代」から北関東を含めた「首都圏の時代」への転換と同期している。

第一次産業は、デフレによる農産物の価格低迷、水産物の水揚げ高の変動や重油価格の高騰により不況感がある。第二次産業は、工場の統廃合や業界再編の時期が過ぎ、収益性が上がってきている。第三次産業は、他の七大都市圏を擁する都道府県と同様に、仙台市都心部で仙台経済圏を対象とした広域ビジネスを展開する高級消費財を扱う業種、各地域の大型ロードサイドショップが好調なのに対し、商圏が半径数百m程度の最寄品を販売する小規模商店は苦境に立っている。

第一次産業

総生産額は1888億円、県内総生産に占める割合は2.2%(2001年)

  • 農業:平野部では、(ササニシキ、ひとめぼれ等)が主であるが、南部の沿岸地域では、海洋性気候によって宮城県内においては温暖であり、奥羽山脈・阿武隈高地(亘理丘陵)に雪雲が遮られて冬季の晴天率が高いことを利用し、イチゴなどのハウス栽培もおこなわれている。また、松島丘陵(特に利府町)ではの栽培が盛んであり、高原では高級和牛牛肉である仙台牛の産地となっている(みちのく三大牛:米沢牛前沢牛仙台牛)。
  • 漁業:全国有数の水揚げ高を誇る漁港がある。以下に、2002年の貝類・海藻類を除く海での漁獲高による全国順位等を示す。
    • 5位 石巻港(10.8万t):かつお類、いか類、いわし類
    • 7位 気仙沼港(8.8万t):さんま、かつお類、まぐろ類
    • 16位 女川港(4.5万t):さんま

その他、塩釜港の漁獲高も多い(近海マグロが多い)。松島湾や三陸海岸の入り江では、牡蠣ホタテホヤなどの養殖漁業も盛ん。仙台市の沖合い2km辺りでは海苔の養殖も行われている。県内の主要港は、遠洋漁業マグロ、以前はクジラも)の基地としても機能しているため、自然と海外との交流をしており、外国人船員も多く立ち寄る。また、かつおを追って北上してくる高知県の船員や、さんまを追って南下してくる北海道の船員も多く立ち寄っており、仙台駅仙台空港に並ぶ、宮城県の第3の玄関口となっている。

第二次産業

総生産額は1兆8753億円、県内総生産に占める割合は21.7%(2001年)

  • 食料品:水産加工品など
  • 電気機械:IC等の電子機械等
  • 石油石炭製品:工場は仙台港周辺に集中立地している。
  • 紙パルプ:石巻市岩沼市に大規模な工場(日本製紙)がある。

第三次産業

総生産額は6兆8098億円、県内総生産に占める割合は79.6%(2001年)

  • サービス業、卸売小売業共に仙台市を拠点としている。

仙台経済圏の成立により、物販面では、高額商品やファッション性の高い買回品専門品の販売地として一番町仙台駅前が求心力を強め、その商圏が仙台経済圏の周辺都市圏にまで広がりを見せている。娯楽・レジャー面では、仙台市都心部や仙台都市圏が供給する文化・スポーツイベントなどの求心力が仙台経済圏に及んでいる。ただし、県内の小規模市町村のみならず仙台市内も含め、最寄品の販売を中心としてきた地元商店街については、郊外型大規模小売店ロードサイドショップスーパーセンターに価格競争や駐車場などのサービスで敗北して衰退している。

商業拠点

規模の大小があるが、周辺地域から集客する能力のある商業拠点に以下のようなものがある。宮城県内の各地域の商業事情だが、集客力は仙台都市圏が優勢でその他の都市の商業基盤は沈下傾向にある。

仙台都市圏

主要幹線道路にはロードサイド店や大規模郊外店が集積し、中心部商店街の地盤沈下が危ぶまれたが、高速バスの発達等により、宮城県内はもとより、山形県や福島県などからも集客が進み、特に一番町ではブランド街化が進んでいる。また、人口の約1%(約1万人)が外国人居住者であるが、大学・専門学校等の教員や学生が多く、他の大都市圏のような飲食店や小売業などにおける存在感は希薄である。ただ、韓国料理や東南アジアの料理などにおいて少しずつその存在感は増してきている。

仙台市泉区を東西に貫く七北田川の北岸に泉中央、南岸に八乙女があり、これらが一体となって仙台の北の副都心を形成しているが、七北田川沿いの平地が元々少ない上、市街地指定の土地も少なく、大規模店が進出できる土地が残されていない。副都心・泉中央地区は、もともと車でアクセスするロードサイド店型の店舗形態が優勢であったが、狭い土地であるために渋滞が激しく、ロードサイド店型の出店形式が合わない地区に変化した。このあおりで、ダイエー仙台泉店は広大な駐車場を持ちながらも業績が悪化して閉店に追い込まれた。一方、泉中央には、地下鉄のターミナル駅の泉中央駅があるため徒歩移動している人が比較的多いこと、低層であるがオフィスビルが集中していること、ベガルタ仙台のホームスタジアムである仙台スタジアムがあり、試合前後に2万人近い観客が集中すること、等等により飲み屋街も形成されて都市機能の集積が進み、イトーヨーカドーなどの駅前立地型の大規模店は生き残っている。
このような泉中央の副都心化により、「泉中央の郊外」といえる商業地が形成されている。それは、国道4号バイパスの内側にある泉中央に対し、パイパス沿いまたは外側にある富谷町や泉区松陵地区の幹線道路沿いのロードサイドショップ群であり、富谷町には、シネマコンプレックス等を併設した郊外大規模店も進出した。
なお、泉中央とその郊外という小都市圏の形成によって、仙台市都心部と泉中央を結ぶ旧国道4号(県道仙台泉線)沿いのロードサイドショップ(仙台都心部の郊外型)は集客力を大きく減らし、閉店したり業績悪化に見舞われてしまって、現在はマンションへの建て替え傾向が強い。また、富谷町の更に北に隣接する大和町に、日系ブラジル人の増加がやや見られるが、商業にインパクトを与えるほどにはなっていない。

仙台~松島の間には、国道4号バイパス沿いに仙台市が設定したグリーンベルト地区(稲作地保全地区)と、流通・工業地指定された卸町・扇町・六丁の目があり、住宅建設や商業(車関係以外)がほとんど出来ない広大な地域が南北に横たわっている。このような自然障壁ならぬ条例障壁によって、仙台都市圏北東部は、仙台市都心部から見て、商業・住宅の「飛び地」となっている。都心と「飛び地」および松島方面とを結ぶ道路には、一般道の国道45号利府街道産業道路、および、高速道路三陸道等があり、並走している。その内、仙台~松島間を最短で結ぶ利府街道は、旧来から都市機能が集積している仙台市宮城野区北東部~多賀城~塩竈のバイパス機能を持ち、三陸道仙台北部道路仙台東部道路などの高速道の結節点としての機能や、宮城スタジアムを中心とした大規模集客施設の玄関となって地位があがった。また、利府町の丘陵地が開発されて仙台のベッドタウンとなり、人口が増加して商業の集積が進んだ。利府街道沿いは、市街地化が制限された農地に指定されているため、沿道をロードサイド店舗が埋める形ではなく、市街地指定の利府町中心部に大規模店やロードサイド店等が集中立地している。なお、近年、工業・流通地区指定が解除され始めた仙台港後背地(宮城野区北東部~多賀城市 : 産業道路沿い)の大規模区画にも次々と郊外大規模小売店が出店しており、国道45号沿いとともに「飛び地」内で三つ巴の過当競争状態になりつつある。

仙台都心部の南には、副都心指定の長町があるが、副都心指定されていないが都心に近接する北の北仙台地区と同様に、マンション地区となってしまっている。距離的には北仙台と長町が都心と同じ位置にあるが、歴史的な経緯や旧国道4号の走行の違い、背景人口の違いによって発展が異なった。また、国道286号バイパス沿いの市街化調整区域市街化区域に変更するようになり、隣接する長町~長町南が副都心指定された。同じ副都心指定の泉中央のような業務機能の集積は少ないが、長町は商業中心の1つとして機能し、北仙台とは異なった道を歩んでいる。
近年の動きとして、長町駅東側の再開発によって長町の副都心としての機能充実が期待されるのと同時に、今年度末に開業予定の仙台空港線の駅前開発が活発化してきている。特に、杜せきのした駅前には、ジャスコ三越が出店する「ダイヤモンドシティ仙台名取ショッピングセンター」が建設中であり、泉中央の同心円状の小都市圏とは異なって、鉄道・自動車交通をインフラとした長細いレールサイド・ロードサイド商業圏に収斂しつつある。

仙台市の外港として発展した塩竈の中心市街地は、以前は「飛び地」の中心であったが、車でのショッピングが便利な利府町多賀城市・仙台港後背地にある郊外大規模小売店などにおされ気味である。ただし、中心市街地には安くて美味しいと評判の寿司店が多く、松島観光の客のみならず、仙台など広域から集客している。

県北部(大崎圏・登米圏・栗原圏)

2006年3月に、古川市とその周辺の6町が合併して発足した。県北部の中心都市として、古川駅周辺の中心部商店街が存在しているが、商圏が広域であるため、国道4号バイパス沿いなどのロードサイド店の方に勢いがある。仙台都市圏以外で、人口の増加が見られる唯一の市であり、商業機能の面では、石巻都市圏を抜いて宮城県第二の都市圏となりつつある。ただ、仙台方面への新幹線や高速バスでの通勤通学者や買い物客も多く、特に中心商店街の再活性化が課題である。

周辺は人口密度が希薄な地帯であるが、飲食店の集積率が高く、一通りの買い回り品は揃う。そのため、登米市の中心市街地として市内及び岩手県南からの客も集める。ただし、ロードサイド店が限定的であるため、買い物客の圏外流出(大崎市古川および仙台市)が顕著となり、同時に旧市街地の集客力も低下している。

国道4号沿いのロードサイド店が優位。大崎市古川への依存傾向がある。

県北東部(気仙沼・本吉圏)

港地区の旧市街地と、公立気仙沼病院を中心とした新市街地とがある。気仙沼バイパス(国道45号)は、自動車専用道のため、ロードサイド店が立地してない。ロードサイド店は新市街地に立地している。岩手県三陸南部の諸都市とともに独自の商圏を形成している。域外の依存する商圏は、岩手県一関市および仙台市。

県東部(石巻圏)

県東部の中心都市として、宮城県内では仙台市以外で唯一のデパートが立地する中心部商店街がある。但し、バイパス沿道のロードサイド店の方が優勢である。工業の業績改善傾向による消費意欲の増大や、三陸自動車道の整備による商圏の広域化のため、大規模小売店の集積傾向が強くなり、買い物客の域外流出傾向から流入傾向に変化しつつある。

県南部(仙南圏)

隣接する柴田町の船岡地区の旧市街地に対し、大河原町の国道4号バイパスがロードサイド店の集中立地地区として発展した。シネマコンプレックス、多目的ホール、地域の中核病院なども大きな駐車場を持ち、全てが車での移動を前提とした商業地区を形成している。10%通勤圏としては仙台都市圏に含まれる。

東北本線白石駅周辺の旧市街地、東北新幹線白石蔵王駅周辺の新市街地、国道4号バイパス沿いのロードサイド店が競合している。

国道4号パイパスや大河原町のロードサイド店と競合。10%通勤圏としては仙台都市圏に含まれる。

指定金融機関

七十七銀行指定金融機関になっている。ただし、公営企業のうち、病院事業の出納取扱金融機関仙台銀行が担当する。

交通

航空

鉄道

東北新幹線、東北本線が南北に縦貫しており、そこから各方面へ路線がのびる。

JR線
公営交通路線
第三セクター鉄道
私鉄路線

私鉄として1925年より宮城電気鉄道が存在したが、1944年に国有化され国鉄仙石線となった。また、くりはら田園鉄道の前身である栗原電鉄は私鉄であったが、1995年に第三セクター鉄道となった。現在は宮城県内に私鉄の路線はない。過去に宮城県内に存在した、その他の主な私鉄は以下の通り。

道路

高速道路
主な国道

船舶

  • 仙台港:国際貿易港として物流拠点となっている。長距離フェリーも発着する。

マスメディア

新聞

テレビ局

地上波放送局

テレビ東京の周波数と仙台放送の周波数が同一(アナログ12ch)であるため、ケーブルテレビによる区域外再送信ができない。また、テレビ北海道向けのNTT中継回線も日本海側のルートであるため、宮城県においてテレビ東京を視聴するのは不可能である。

ケーブルテレビ局

ラジオ局

AMラジオ局
  • NHK仙台放送局
  • 東北放送 (JRNNRN系列)
FMラジオ局
コミュニティFMラジオ局

祭事

  • 初詣(正月三が日合計 - 宮城県警調べ。2006年)
  1. 鹽竈神社(塩竈市)41万人
  2. 竹駒神社(岩沼市)39万1000人
  3. 大崎八幡宮(仙台市青葉区)9万3000人
  4. 仙台東照宮(同)7万9000人
  5. 宮城縣護國神社(同)6万7000人
  • どんと祭(1月14日夕方~夜。主な神社の人出)
    • 大崎八幡宮(仙台市青葉区)約10万人
    • 竹駒神社(岩沼市)約8万人
    • 仙台東照宮(仙台市青葉区)約6万人
    • 賀茂神社(仙台市泉区)約3万人
    • 鹽竈神社(塩竈市)約2万人
    • 愛宕神社(仙台市太白区)約5000人

公園

宮城県を舞台にした作品

映画
  • 磯川兵助功名噺
  • 第五列の恐怖
  • 出征前十二時間
  • 三尺三五平
  • 真珠母
  • 大地の侍
  • 新日本珍道中
  • キングコング対ゴジラ
ドラマ
小説
漫画

宮城県の主力スポーツクラブ

野球
サッカー

※いずれもユアテックスタジアム仙台を主本拠としている。

バスケットボール

教育

第二次世界大戦後、教育基本法が公布され、日本各地の男女別学学校はほぼ全て男女共学化されたが、宮城県では佐沼高校および専門学科を持つ高校に限られてしか共学化が進まなかった。このため宮城県では、仙台市周辺に泉高校(当時は泉市)などの新設高校が開校するまで、別学の選択しかないという状態が長く続いた。2001年に、宮城県教育委員会が共学化を始めとした「県立高校将来構想」を発表、宮城県議会においても共学推進を全会一致で決議し、公立高校の共学化へ進み出すことになった。

しかし、校風や伝統を守るという立場から、一部の高等学校では同窓生を中心に現役の生徒も参加して、共学化反対運動が組織された。仙台一高においては現役生までも発起し、共学化反対委員会を設置している。様々な反対集会やデモ、署名運動が実施されたが、まず角田高校と角田女子高校、気仙沼高校鼎が浦高校の統合共学化を皮切りに共学化が現実のものとなると、ナンバースクールを中心にした反対運動も盛んになっていった。ただし、共学化反対運動の主張は「一律(または画一化)共学化反対」という、曖昧な主張だった。つまり、「共学には反対しないが、一部を残せ」というもので、その「一部」がナンバースクールであるというものである。明らかにナンバースクール存続を主眼にした運動だったので、他地域や多くの県民からは理解を得られず、運動にも広がりを持たなかった。

そして2005年11月、最初に共学化を提案した浅野史郎知事に代わり村井嘉浩知事が就任したが、その知事選挙中に村井は「共学化を見直す」と発言したため、反対派から歓迎を受けて、「村井知事を支援するチェーンメール」まで出回った。しかし、村井は県議時代に共学を求める質問をしており、知事選での「見直し発言」は、自民党県連での候補者選考で、立候補を予定していた県議の相沢光哉(共学反対派)と取引したためである。当選後に県議会が2度目の共学推進決議(相沢県議を含め4名棄権)を採択し、宮城県教育委員会も2010年までに県立校全校の男女共学化の推進を決定して、村井知事は「議会の採択を尊重する」として、異議を表明することなく共学化を承認している。

ナンバースクール

ナンバースクールとは、設立順序を冠する高校の通称であり、教育機関としての正式な名称や学校の序列ではない。該当高等学校は以下の通り。

仙台三高を除いて100年以上前に設立された学校であるため、全て男女別学となっている。これは、戦前の学校はほとんど男女別学だったためである。地元に長く住む人は、あまり珍しいという意識が無いが、転勤などに伴い他都市から転入した人にとっては公立高等学校は共学が多いため、違和感を感じる人もいるようである。1963年に開校した仙台三高は、公立の男子高等学校が開校した日本最後の事例である。同様の例は福島県立福島東高校、群馬県立伊勢崎東高校がある。 また、宮城県では現在これらの学校の共学化を進めているが、生徒や卒業生からは反対の声が多い。

関連項目

外部リンク


ページは 0.946 にロードされました。

トップにります | ビューサイトマップ | ヘルプ



Arts & Crafts | Australia Travel | Autos | Books | Business | Career & Jobs | Cars | Computer/Tech | Education | Entertainment | Family & Relationships | Finance | Food | Health | Home & Garden | Hotel Bookings | India | Internet | Law | Malaysia | Medical | Money | Pets | Real Estate | Self Help | Sports | Travel | Women