慶應義塾大学
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| 大学設置 | 1920年 |
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| 創立 | 1858年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人慶應義塾 |
| 本部所在地 | 東京都港区三田2-15-45 |
| キャンパス | 三田(東京都港区) 日吉(神奈川県横浜市港北区) 信濃町(東京都新宿区) 矢上(横浜市港北区) 湘南藤沢(神奈川県藤沢市) |
| 学部 | 文学部 経済学部 法学部 商学部 医学部 理工学部 総合政策学部 環境情報学部 看護医療学部 |
| 研究科 | 文学研究科 経済学研究科 法学研究科 社会学研究科 商学研究科 医学研究科 理工学研究科 政策・メディア研究科 健康マネジメント研究科 経営管理研究科 法務研究科 |
| ウェブ サイト |
慶應義塾大学公式サイト |
慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく、英称:Keio University)は、東京都港区三田2-15-45に本部を置く日本の私立大学である。1920年に設置された。大学の略称は慶大および慶應。
慶應義塾は福澤諭吉が江戸築地鉄砲洲(現在の東京都中央区明石町)に開いた蘭学塾に始まる。1868年、1867年に購入した芝新銭座(現在の港区浜松町)の有馬家控屋敷跡に移転、この年が慶応4年であったことから慶應義塾と改称する。なお「義塾」は英国の「public school」の訳語と言われている。
慶應義塾の塾訓は「独立自尊」となっており、大学もそのままこれを使用している。
慶應義塾には「慶應義塾の目的」という文章が伝わっている。これは1896年11月1日に芝・紅葉館で開催された懐旧会(慶應義塾出身者との懇親会)で行われた福沢諭吉の演説を元に福沢自身が書き直したものである。内容は以下の通り。
慶應義塾は単に一所の学塾として
自から甘んずるを得ず其目的は我日本国中に
於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを
期し之を実際にしては居家処世立国の
本旨を明にして之を口に言ふのみにあらず躬行
実践以て全社会の先導者たらんことを欲する
ものなり 以上は曾て人に語りし
所の一節なり 福澤諭吉書
校歌は慶應義塾塾歌。作詞:富田正文、作曲:信時潔。1940年に完成、翌年発表。学校法人慶應義塾が設置している全ての教育機関で同じ曲を用いている。学校法人慶應義塾の設置している高等学校などから慶應義塾大学へ入学した学生はそこまでで歌う機会が多ためほぼ全員が歌えるが、現在の慶應義塾大学では歌う機会が少ないため、学校法人慶應義塾の設置する高等学校以外から慶應義塾大学へ入学した学生や高等学校卒業程度認定試験を経て慶應義塾大学へ入学した学生は歌えないことも多い。
若き血(わかきち)は応援歌。作詞・作曲とも堀内敬三。1927年に発表。
東京六大学野球連盟の応援では1得点挙げるごとに観客が肩を組み若き血を合唱するなど、スポーツの応援では定番の曲となっている。「慶應義塾塾歌は歌えないが若き血は歌える」という学生も少なくない。高校野球など慶應義塾大学とは関係ない場面でも使用される機会が多いため、メロディライン自体は一般にもよく知られている。
歌詞の最後にある「陸の王者」は藤山一郎が「りくのおうしゃ(清音)」と歌っていたことから濁らないのが正式であると慶應義塾大学の関係者の一部ではいわれている。しかし、ほとんどの学生・教職員は「おうじゃ」と濁音で歌っている。
ダッシュケイオウは応援歌。高校野球など慶應義塾大学とは関係ない場面でも使用される機会が多いため、メロディライン自体は一般にもよく知られている。
スクールカラーは塾旗から青赤青の並びの組み合わせとされている。塾旗は実際には二色であるが三色旗とも呼ばれている。
シンボルマークは、「ペンマーク」と呼ばれ、二つのペンを右を上にして交差させた「CALAMVS GLADIO FORTIOR (ペンは剣よりも強し)」をモチーフとしたマークである。
マスコットはユニコーン。三色旗の上に描かれたものが応援の際などに使われる。慶應義塾のアメリカンフットボールチームの名称はユニコーンズである。
総合政策学部と環境情報学部は湘南藤沢キャンパスにおいて独自の教育が実施されている。この節では両者に共通する特徴などをまとめた。
「創造性の重視」「問題発見・解決型」。今の世の中に存在する雑多な諸問題を発見・解決していく人材を創出することを目的としている。その為、従来のリベラルアーツと専門知識の詰め込みだけではなく、研究プロジェクトを中心に置き、その中で見えてくる学生自身が足りない必要な知識 (カリキュラム) を見つけ、取得し、補いながら研究を進めていくという、従来とは全く違う独創的なスタイルが構築されていると関係者は考えている。
大学では「学問の再編成」をキーワードとして自由度の高い履修システムを使用している。基本的に各授業には学年による履修制限を課さず、学部1年生から専門的な授業を履修できる。また、学部と大学院で共有する授業を多く設置している。
また、「半学半教」の理念から学生、特に学部生の雇用に積極的である。具体的には図書館スタッフ、コンピュータやマルチメディアの相談員、キャンパス内の設備利用ガイドの編集員、教育補助員 (TA) などである。
湘南藤沢キャンパス内にある湘南藤沢中・高等部と大学の連携として、湘南藤沢中・高等部の「ゆとりの時間」という選択授業の中で一部大学授業を履修できる。
大学受験産業関係者からは総合政策学部および環境情報学部はインターネットやメディア関連に強いという評価がある。一方でインターネット関連企業やメディア関連企業の関係者は、弁だけが立ち手を動かせる人材がいないという評価をすることもあり、企業内での自由奔放な姿勢からSFCを「ゆとり教育の最高学府」と呼ぶことがある。
学位授与式の後に慶應義塾大学が主催して同大学の卒業生を対象に園遊会という卒業パーティーが開催されている。パーティで行われている抽選大会は毎年通例として1等商品が高級外車である。こうした豪華な景品を出すことについて、卒業生や大学教職員の間から「学生に対してそのような豪華な景品はいかがなものだろうか」という批判的な声が上がっているが、2006年現在も続いている。2006年現在、会費は2万円強で参加は任意である。
学園祭は各キャンパスごとに行われており、三田祭 (三田キャンパス)、四谷祭 (信濃町キャンパス)、矢上祭 (矢上キャンパス)、七夕祭 (湘南藤沢キャンパス)、秋祭 (湘南藤沢キャンパス)が存在する。
なお、日吉キャンパスで行われる日吉祭は慶應義塾高等学校の文化祭である。
三田祭は、慶應義塾大学最大規模の学園祭であり、他キャンパスに所属する学生の参加も多い。毎年11月23日前後に行われる。前夜祭が行われることがあり(前夜祭は日吉キャンパスで行われることがほとんど)、有名人のコンサートが行われることがある。三田祭のイベントとして行われるミスコンテストの優勝者『ミス慶應』は女子アナやタレントになることが多く、芸能関係者の間では有名である。なお、慶應義塾では三田祭の規模は日本国内最大であると考えており、大学案内などの広報資料でもそのように謳っている。
在学生を「塾生」、卒業生を「塾員」、学生・卒業生・教員などの関係者を総称して「社中 (または義塾社中)」と呼ぶ習慣がある。なお、慶應義塾において先生は福澤諭吉先生ただ一人であるため、教員に対して「先生」ではなく「~君」の呼称を用いるという慣習もある。
慶應義塾における「塾長」とは、慶應義塾大学の学長と学校法人慶應義塾の理事長を兼ねており、慶應義塾内で学長や理事長と言った呼称が使われることはほとんどない。
三田会(みたかい)は慶應義塾大学の卒業生による同窓組織。現在各種三田会総数は865団体あり、約28万人の塾員の多くがこうした三田会に所属している。数多くある三田会のうち、代表的なものは次のとおりである。
いわゆる「同期会」に相当するもので、同年卒業生の塾員で構成され、大学卒業と同時に入会する。この三田会最大のイベントは、卒業25年目にその年の卒業式に、50年目に入学式に招待されること。つまり慶應を卒業すると、一生のうちに2度入学式・卒業式を経験することができる。
各地域ごとの塾員で結成される三田会。
三田法曹会、公認会計士三田会、ホテル三田会や会社ごとの三田会など、同じ職種や職場の塾員によって組織される三田会。
これらを統括するのは、連合三田会と呼ばれる団体である。また、毎年10月ごろには三田会大会が開催される。塾員の交流を目的としたもので、今年は10月15日に行われる。
神奈川県藤沢市遠藤5322に所在している。幕張メッセ、テレビ朝日の設計でも知られる建築家槇文彦が設計した。Shonan Fujisawa Campusの頭文字だけを取ってSFCとも呼ぶ。1990年完成。
慶應義塾湘南藤沢中・高等部がキャンパス内に併設されている。
サテライトキャンパスとして以下が設置されている。
慶應義塾は、大学を頂点とする附属校ではなく、あくまで同一学校法人が運営する独立した学校の集合体という形態を取っているため、こちらにまとめた。
慶應義塾では自らの設置する以下の学校へ入学した場合、大学まで全員が進学することを前提に統一したカリキュラムを組んで教育を行っている。そこで、以下の学校についてはまとめて「一貫教育校」と呼んでいる。
以下の教育機関は「一貫教育校」ではないため、別のものとして掲載する。
慶應義塾大学文化団体連盟に所属する経済新人会というサークルが、2002年11月、台湾の元総統である李登輝を迎える講演会を企画した。日本政府が来日に必要なビザ発給を拒否する構えを示したため、李登輝は訪日を断念して、実現しなかった。背景には中国との学術交流への悪影響を懸念した一部教授の妨害や大学当局の思惑があったと指摘されている。
慶應義塾は、大学を頂点とする付属校ではなく、あくまで同一学校法人が運営する独立した学校の集合体という形態を取っているため、系列校の項目にまとめている。
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についての Wikipedia
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