所ジョージ






所 ジョージ(
ところ じょーじ、英語表記:
Tokoro George、本名:芳賀 隆之(はが たかゆき)、旧姓:角田、
1955年1月26日 - )は、
昭和・
平成期の
日本の
ミュージシャン・
タレント・
俳優・
作家・
ラジオパーソナリティ・
ディスクジョッキー・
声優・
漫画家・
ゲームクリエイター・
作曲家・
作詞家・
コピーライター・
発明家・
司会者と1人で何と14役もこなす
マルチタレント。ティヴィクラブ所属。
日本を代表するタレントとして複数の冠番組を持ち、コメディアンとしての印象が強いが、芸能界デビューはコメディーミュージシャンとしてであり、実際に当時「シンガーアンドソングコメディアン」を自称していた。
それ以外にも役者や少年ビッグコミックで漫画家として活躍するなど、多才なところを見せる。身長174cm。
来歴など
埼玉県所沢市出身。市内のこひつじ幼稚園を卒園、小平市の錦城高等学校を経て拓殖大学政経学部に進むが、学費未納(手続き忘れ)で除籍。
妻はもともと行きつけのスナックのママであり、現在は「ブンブーンクッキング」の著者、ティヴィクラブ(所の事務所)社長の芳賀文子。
ビートたけしから、「かみさんは福島出身だから、おにぎりのことを『おぬぐる』と言うんだろ」と冷やかされていた。
結婚披露宴では赤塚不二夫が自らビデオカメラを持ってきて撮影していた。仲人はタモリが務め、披露宴では所の経歴を「拓殖大学を優秀な成績で除籍」と紹介。本人も大いに喜ぶ。
この時以来、「仲人といえば」「親も同然」が、タモリと所の間の合言葉になっている。披露宴には当時パーソナリティーを務めていたオールナイトニッポンのリスナーを招待した。
無類の車(アメ車)好き、バイク好きとしても有名。バイクについては、それまでオッサンバイクのイメージが強かったビッグスクーターのボディをイエローにペイントし、カスタムパーツを取り付けるなど若者向けに改造し、現在のビッグスクーターブームの火付け役的存在にもなった。
その他、ゴルフ(後述)、お茶 等、趣味は数え切れず、スニーカーやライターなど多数持っており、芸能界では寺門ジモンと並ぶコレクターとして知られる。自らの多趣味を組み合わせて楽しむ事が得意であり、ラジコンに可動関節フィギュアを載せて走らせたり、フィギュアに小道具と共にポーズを取らせて撮影した写真集を出版したりしている。
トレードマークは額グラサン(おでこメガネ)。
流行の先駆けとしても注目される。上述の「おでこメガネ」(帽子の上に掛けるものも含む)は2004年頃から巷でよく見かけるようになったが、このスタイルを21世紀に復活させたのは所だと言われている。
以前女子高生などの間で流行した「ゲロゲロ」「~かもしんない」なども、所が発端と思われる。「ルーズソックス」の先駆けも自分であると、所本人は言っている。
芸能界入りのきっかけはダウンタウンブギウギバンドのボーヤとしてであり、ライブの前座を務めていた。その後、タモリに見出される。
「所さん」の愛称で親しまれており、これはデビュー当初から本人自らが自分のことを「所ジョージさん」と言っていたものと、出版物や冠番組で「所さんの」が多用された事から、それが一般に定着したものと思われる(※明石家さんまは「所ジョージ」とフルネームでよく呼ぶ。また「所さん」と呼ぶこともある)。
芸名の「所ジョージ」の由来は、出身地の所沢市と柳ジョージをモチーフに宇崎竜童によって「所沢の柳ジョージ」という意味で命名された。
オールナイトニッポンに出演していた20代の頃から、若ハゲ(若年性脱毛症)で有名。このため何度もカツラメーカーからCMのオファーがあるも、断っていた。
1977年に『ギャンブル狂想曲/組曲 冬の情景』で、シンガーソングライターとしてデビュー。
1993年映画まあだだよで、日本アカデミー助演男優賞ノミネート、ブルーリボン助演男優賞受賞している。
また、1996年から2006年春まで宝くじのCMのイメージキャラクターとしてもおなじみ。
初期の「森田一義アワー 笑っていいとも!」でレギュラーを務めていた。
1984年、第1回新語・流行語大賞で「す(ん)・ご・い・で・す・ね~」が流行語部門大衆賞を受賞した。
植木等を尊敬し、「無責任男」のキャラクターと植木本人の人格に惚れ込んでおり、所は植木等のことを「お父さん」と呼んでいる。ドラマで父子役を演じたこともある。
しばしばコージー冨田にものまねをされる。
余談ではあるが蛭子能収が大嫌いである(1985年頃のラジオでの本人談)。当時はおニャン子クラブも徹底して嫌っていた。
所の芸風・作風と比較すると、なんとなく分かる話である。現在は元おニャン子クラブメンバーとの交流もある。
以前は出演してたテレビ番組のスタッフと軋轢があった。
日本テレビ系「11PM」の水曜日の司会を長年続けた愛川欽也の勇退を受けて、1986年4月から所が水曜日の司会に登用された。
これは同じ日本テレビ系のTV海賊チャンネルでの功績を認められての抜擢だった。しかし、「TV海賊チャンネル」時代は所ワールドと言ってもいいくらい自由だったのに対し、長寿番組「11PM」では制約が多く、スタッフ等との意見衝突もあって、たった半年で降板してしまった。
また、かつて出演していた「笑っていいとも!」では当時、所がやりたがっていた企画と、スタッフが所に出した企画の内容の違いが浮き彫りになった。次第に「いいとも」が当初のマニア受けの番組から万人受けする番組に変化する中、所の存在や出演コーナーは番組全体から浮くようになった。そんな中、スタッフに抵抗するかのように、1989年年末の笑っていいとも!特大号では他の出演者がものまね紅白歌合戦企画で女装する中、所は一人女装せずに助走した。しかしスタッフとの考えの違いは埋めきれないまま、所は1990年3月に「いいとも」を降板することになる。(その後、1994年と1997年、1998年に所がいいとものコーナーテレフォンショッキングに出演しており、和解したと思われる)
これをきっかけに一時期フジテレビに対して不信感を抱き、次第にフジでの仕事を減らすようになり、ものまね王座決定戦の司会、やまだかつてないテレビの準レギュラー、所さんのただものではない!の司会を1991年9月までにすべて降板した。
1991年10月~1995年3月までは特番などには出演するもののレギュラー番組には出演していない(その間出演したのは、特番の世界の超豪華珍品料理、芸能界ぶったまげリクエストそこまでやる!?、たけし・逸見の平成教育委員会、平成教育テレビ、平成夏休みバラエティーだけ。たけし・逸見の平成教育委員会などについてはビートたけし繋がりでの出演)。1980年代はフジテレビ中心だった仕事が、先の件がきっかけで以前は11PMで揉めたこともあった日本テレビでの仕事が多くなった。
しかし、日本テレビでもマジカル頭脳パワー!!のスタッフとの軋轢(クイズ・ゲーム重視のスタッフの意見と、クイズも大事だが出演者同士のやりとりも大事とする所の主張により対立)により途中降板している。ただ、ここ数年はスタッフとの軋轢も表面化していないようなので、かつてのような揉め事はないものと思われる。
現在は日テレ、フジ両局ともに関係は改善しつつあり、日テレにおいてはいまだ多数のレギュラー番組が存在し、フジテレビにも、1本だけではあるがレギュラー番組を持っている。
肩の力を抜いた、いい意味での「いい加減さ」が人気であり、司会、レギュラーを務める番組は多数で、番組自体も長続きしているものが多い。また、理想の父親、上司ランキングでも上位にランクインすることがよくある。その力が抜けた司会振りは島田紳助に羨ましがられている。
芸風は「いい加減」さを売りにしているが、上記の通り番組スタッフと内容を巡って軋轢をおこすなど、本来は極めて真面目な性格である。1980年代までは
テレビでは登場時に縦横無尽に暴れまわる芸風だった。
ゴルフが得意。「東西お笑い芸人ゴルフコンペ(非公開のプライベートコンペ)」では度々優勝している。練習熱心で、「飛ばし屋」である。
そのスウィングは個性的だが、持ち前の運動神経と体力、鋭い感性、巧みなメンタルコントロールが強さの秘密であろう。
ゴルフ理論にもこだわりがある。それが嵩じて2006年、革新的なゴルフクラブ・TxTパラレルハンマーアイアンをプロデュースし、大評判となっている。1993年に黒澤明作品のまあだだよに重要な役で出演しさらに私は貝になりたいにも主演し役者転向かと言われたが現在もタレント、ミュージシャン業をメインにしている。
音楽
ギターで3カポを多用するため、3フレット分ネックをカットしたギターをオーダーメイドしたという。
後に井上陽水にこのギターをプレゼントした際、陽水はネックの短さに驚いたらしい。
アルフィーの坂崎幸之助と親交が厚く、アルフィーの売れない時代に自らの曲を自室で坂崎と二人でアレンジ・レコーディングしたり、オールナイトニッポンにレギュラーコーナーを持たせたり、映画「下落合焼きとりムービー」では二人で共演などし、挙句の果てには所がアルフィー入りを懇願したりしている(※所は坂崎のことを「こうちゃん」と呼んでいる。これに対して坂崎は「トコロ」と呼び捨てにすることが多いが、芸能界でも呼び捨てにするのは坂崎やビートたけし、タモリと数少ない)。
宝くじ・ミスタードーナツのCMやいくつかの看板番組では出演するとともに、テーマソングを作詞・作曲し歌っている。その際は、出演料だけでなく、別途作詞・作曲料も請求している(世界まる見え!テレビ特捜部でのラサール石井の証言。所本人は否定せず苦笑)。
自らのアルバムは廃盤になる事がとても多い。しかし、一部の根強いファンに支えられ、今日も音楽活動を続けている。
業界の中では高い評価をするものが多く(宇崎竜童、奥田民生など)、レコーディングに大物ミュージシャンや意外なゲストが参加することが多い(森高千里もその一人)。
レコーディングされたもっとも短い楽曲は、『スブタ』という曲。歌詞も12文字だけでわずか5秒の作品。よくバラエティー番組で披露されることが多い。『どっちの料理ショー』で紹介されたこともある。
1998年、テレビ番組『MUSIC HAMMER』の企画としてシングルCD『「ミュージック・ハンマー」オリジナルサウンドトラック“トンカチ”』をリリース。このCDでは同番組で所と共に司会を務めた坂崎幸之助、篠原ともえも参加している。
1999年には明石家さんまの人生を描いた曲『明石家さんまさんに聞いてみないとネ』をリリース。この企画はさんまが司会を務めるさんまのまんまに所が出演したことをきっかけに生まれた(この曲にはさんま本人とゲストとしてたまたま通りがかった工藤静香も参加している。プロモーション・ビデオは多忙なさんまと所の2人のスケジュールが取れないため、レコーディング風景の映像をそのまま使っている(なおアルバムには『明石家さんまさんに聞いてみてもネ』という曲も入っている)。
2004年9月、男性フォークデュオ「コブクロ」とともに「トコブクロ」を結成、所がイメージキャラクターとしてテレビCMに出演中の缶コーヒー「ワンダ モーニングショット」(アサヒ飲料)のCMソング『毎朝、ボクの横にいて。』(マキシシングルCD、2004.9.29)を発売。
そのほかにも、NHKみんなのうたでは、1989年には「背中でツイスト」、1999年には「歩いてみっか!」を歌っている。なおこれらの曲について、前者ではアニメキャラクター、後者はCGキャラクターとして、映像に登場している。
ディスコグラフィー(シングル)
- 「ギャンブル狂騒曲」(1977)
- 「ムーンナイトセレナーデ」(1977)
- 「夢見るジョンジョロリン」(1978)
- 「いい加減にしろよ」(1978)
- 「Do!Do!Do!」(1979)
- 「TOKYOナイト&デイ」(1979)
- 「寿司屋」(1979)
- 「ほんとうにいい気持ち」(1980)
- 「ご心配なく」(1980)
- 「正男という名で小学生」(1980)
- 「君と二人で」(1981)
- 「まったくやる気がございません」(1981)
- 「銀座アンノン娘」(1982)
- 「私の名前で出ています」(1984)
- 「I've Got a すんごいですね~ェRock'nRollHeart」 (1984)
- 「正気の沙汰でないと」(1984)
- 「恋のバックファイヤー」(1984)
- 「LAST NUMBER」(1986)
- 「白いTシャツ」(1986)
- 「ブルーライトチャイナタウン」(1987)
- 「故郷」(1988)
- 「世田谷のアラブ人」(1989)
- 「春一番の前」(1990)
- 「真っ暗な夜に」(1991)
- 「ラクダの商人」(1996)
- 「僕の犬」(1996)
- 「東京BIG CITY」(1997)
- 「わかんない2」(1997)
- 「ブウェーのビヤビヤ」(1998)
- 「トンカチ」(1998)
- 「明石家さんまさんに聞いてみないとね」(1999)
- 「農家の唄」(1999)所ジョージ&ダーツダックス名義
- 「歩いてみっか」(2000)
- 「旅の犬」(2000)
ディスコグラフィー(アルバム)
キャニオン・レコード
- ジョージ・ファースト 現金に手を出せ!!(1977.12) オリコン33位
- ジョージのセロリ・パセリ(1978.6) オリコン64位
- 成りさがり 大学ぐらいは出たかった(1979.4) オリコン76位
- LIVE 追跡(1979.4)
- REVENGE OF HONG KONG ~ホング・コングの逆襲(1979.7)
- みんな不良少年だった(1980.11)
- FUEL ALBUM(1981.8)
EPICソニー
- PILE DRIVER(1983.3)
- FROM TOKOROZAWA WITH LOVE ~所沢より愛をこめて(1984)
- BLUE LIGHT CHINATOWN(1987.7)
- HEAVY LIGHT(1988.9)
- NIGHT OF COYOTE ~コヨーテの夜(1989.10)
- ホテル・チャイナタウン(1991.1)
VAP
avex
他のミュージシャンへの楽曲提供
主な出演番組
テレビ・現在のレギュラー
テレビ・過去の出演番組
- 87、88年は24時間通し企画に参加、89年はいいとも!増刊号スペシャルで出演。
- 92年は司会のビートたけし、逸見政孝両氏に対する激励(冷やかし)FAXを送付。
- 93年は北野ファンクラブ枠に出演。
- 94~96は司会として出演。FNSの日がFNS27時間テレビとなった1997年以降はビートたけしと同様に出演していない。
テレビドラマ
声の出演
ラジオ
現在
過去
映画
CM
非常に多くの企業のCMに出演している。「CM大王」の異名も。
著書
- 所ジョージの私ならこうします―世直し改造計画
- 所ジョージのハレハレ青春口座
- 所ジョージのハッタリぶぁいく術―口先とヘッドワークでバイクライフを楽しむ本!
- 所ジョージの俺に訊け
- 所ジョージの店頭販売
- 所ジョージの我思うところに所あり
- 所ジョージのためになる昔話
- 所ジョージさんの頭がパァ~。
- 所さんの目がテン!―知っているとエライ!所ジョージのこだわり科学
- 所さんの目がテン!(2)
- 所さんの目がテン!(3)
- 所さんのランチボックス
- 所さんのまもるもせめるもアクアク大冒険
- 所さんのハッタリ大放送―とっても役立つムダ
- 所さんの新亭主論―幸せのルール・ブック
- 所さんにまかせなさい
- トコロさんの新昔ばなし(頭蓋骨骨盤篇)
- トコちゃんのコトパロジー 国語、算数、イカ、シャケ、貝。
- トコちゃんのフロム・ティー
- トコちゃんの人生楽ありゃ楽もある(昔ばなし教訓編)
- ウサギとカメとトコちゃん
- トコロンブスのタマゴ―トコちゃんの言われてみればそのとおり
- トコちゃんの新調・昔ばなし(ヒーロー回転ループ・スペクタクル編)
- むかしむかし、あるトコちゃん。―トコちゃんの日本昔ばなし・その後
- マッチ売りのトコちゃん
- 牛若トコロ丸
- 投稿四字列語
- アタマ八分目、ココロ八分目
- さめたカツ丼はどこだ・・・!!
- 日々、これ口実
- 末端価格で出ています―所ジョージの読み切りTV
- 弁当はどこだ・・・!!―January‐March
- スんゴイですねェ~―Shonen big comic books
- 電話のいたずら
- 花咲かじいさんの恩返し―トコロ流昔話
- No.1の幸せ―幸せには理由(わけ)があってなんとなく幸せなわけがない話
- テラシマくんはカンガルウ
- 所ジョージ大全集
- 新亭主論―ずっと一緒に暮らしたい
- 買いたい新書―選ばれし民、かく生き、かく暮らすの記
- 元祖・所ジョージさんの 頭悪いんじゃないの?
- 新幹線はでかい!
- マグロ君は海産物
- まちがってる~―今世紀最後の「偉大なるボツ」
- テラシマくんのやさしい失敗
- はたらくテラシマくん
- ザ・原宿―Harajuku徹底guide
- 私はまっかなプロデューサー―所ジョージさん書き下し天才シナリオ集(Vol.1)
また、著書ではないが、現在も続刊中の月刊誌『ライトニング』は、所ジョージが自らの所属事務所であるティヴィクラブに出版部門を設立して創刊させたもの。その後『ライトニング』は枻(エイ)出版社に版元変更し、本人との関わりはわずかだが、個人としてメディアを所有した芸能人は世界的にも稀である。
ゲームソフト
- 所ジョージ本人が企画・構想・キャラクターデザイン・BGMを手掛けている
- 直接的な関わりはないが、BGMを手掛けている。
「Nanja-Nai」(ジャンル:歌謡ハウス)という楽曲の作詞を担当。歌唱は研ナオコ。
外部リンク