新潟市
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新潟市(にいがたし)は、新潟県東部(下越地方)の都市で、同県の県庁所在地である。国から中核市に指定されている。
北陸地方は元より、本州日本海側では最大規模の都市である。古くから港とともに栄え、幕末の日米修好通商条約開港五港の一つとなり、現在でも水陸両方の交通の要衝である。
2005年の大規模合併で面積や人口が増大し、2007年4月1日には、本州日本海側初の政令指定都市移行を目指す。
1950年代まで、市内の新潟島中心部には堀が張り巡らされ、その縁には柳が植えられていたことから「水の都」、「柳都(りゅうと)」などと呼ばれる。あまり一般的な呼称ではないが、観光PRなどに積極的に利用されている。
又、多数の漫画家を輩出している都市の一つであり、その数は日本でも五指に入る程である。
thumb|right|200px|市街地を流れる信濃川 新潟の地は、信濃川と阿賀野川が日本海に流れ込む場所で、低湿な平野と、海にそって続く砂丘と、数多くの潟湖が形成された。
中心市街地は、信濃川の河口に発達している。郊外には潟を干拓した広大な水田が広がる一方、現在でも鳥屋野潟や佐潟、福島潟などの潟湖が残されている。うち、佐潟については、1997年にラムサール条約登録湿地となっている。
中心市街地は古くから、信濃川左岸側(西側)の旧新潟町、右岸側(東側)の旧沼垂町の、二箇所を中心に栄えて来た。両地域を結んでいたのが萬代橋(万代橋)であり、この橋が架けられてから、万代橋を中心に市街地が広がっていった。しかし、1950年代後半から、現在の新潟駅を中心とする地域の開発が始まった。又、鳥屋野潟周辺の小規模湖沼の干拓、旧市域の曽野木・両川・大江山地域と亀田・横越地区に跨る亀田郷や新津・小須戸地区の新津郷、白根地区などで乾田化が行われた。
1960年代から1970年代にかけては巻・西川・潟東地区に跨る鎧潟、豊栄地区では福島潟の一部も干拓されるなどして開発が進んだ。1964年6月の新潟地震以後からは、市内の国道・鉄道路線に沿った地区から、徐々に宅地化が進んでいった。このため、現在の市街地・住宅地は、海岸に沿うように北東から南西にかけて細長く伸びている。
関屋分水路の掘削により、信濃川左岸側の地域は全方向が川と海に囲まれるようになったため、「新潟島」と呼ばれることがある。また新潟島の対岸には「万代島」と呼ばれる地区があり、ここには新潟港(新潟西港)の区域にあたる佐渡汽船新潟港ターミナル、朱鷺メッセ(新潟コンベンションセンター)などが立地する。ここは、元々信濃川の中洲だったが、昭和初期に信濃川の両岸が埋め立てられた際、陸続きとなった地域である。
越後平野に位置するので、市域に占める可住地の割合が大きい。他の地方都市に比べると、数字上では人口密度が高めだが、住宅地が郊外に分散しているため、一箇所への人口集中はそれほど見られない。
郊外には農地が多い。海岸沿いの砂丘地帯は畑が多いが内陸部は水田が中心である。
越後平野の信濃川・阿賀野川下流域は、かつてはその多くが湿地帯で、現在も水田やその埋立地が多いという背景から、地盤が軟弱な箇所が多く、仮に大規模な地震が発生した際には揺れが大きくなりやすく、また液状化現象が発生する可能性が非常に高い。内閣府が2005年に発表した「表層地盤のゆれやすさ全国マップ」によると、新潟市付近の表層地盤は軟らかいため、非常に揺れが増幅し易いという調査結果が出ている(沿岸部の都市は総じて揺れ易い傾向にある)。又、これとは別に、大地震が発生した際には、関東平野・濃尾平野・大阪平野・庄内平野・秋田平野などと並んで、長周期地震動によって揺れが増幅し易い箇所であるとの研究結果もある。
※北から東回り順に。
冬
| 都市 | 降雪量累計 | 最深積雪 | 1月気温 |
| 札幌 | 630 cm | 101 cm | -4.1℃ |
| 青森 | 774 cm | 114 cm | -1.4℃ |
| 秋田 | 409 cm | 41 cm | -0.1℃ |
| 山形 | 491 cm | 50 cm | -0.5℃ | 新潟 | 255 cm | 39 cm | 2.6℃ |
| 上越 | 746 cm | 139 cm | 2.2℃ |
| 富山 | 433 cm | 69 cm | 2.5℃ |
| 金沢 | 360 cm | 53 cm | 3.7℃ |
| 鳥取 | 263 cm | 49 cm | 3.9℃ |
| 松江 | 111 cm | 24 cm | 4.2℃ |
| 都市 | 降雪量累計 | 最深積雪 | 1月気温 |
| 盛岡 | 351 cm | 36 cm | -2.1℃ |
| 仙台 | 90 cm | 17 cm | 1.5℃ |
| 福島 | 235 cm | 26 cm | 1.4℃ |
| いわき | 14 cm | 6 cm | 3.6℃ |
| 前橋 | 27 cm | 10 cm | 3.3℃ |
| 東京 | 13 cm | 7 cm | 5.8℃ |
| 彦根 | 131 cm | 29 cm | 3.6℃ |
| 岐阜 | 52 cm | 16 cm | 4.3℃ |
| 名古屋 | 13 cm | 7 cm | 4.3℃ |
| 浜松 | 0 cm | 0 cm | 5.8℃ |
夏
新潟市、新潟県ともに日本海側の中央部に位置し、関東地方と高速交通網が整備されている点から、関東地方との結び付きが強い。その一方で、所属する地域が一定でなく、中部地方内の北陸地方(社会科での分類)であったり、信越地方であったり、東北地方や関東地方の一部に含まれたりと様々である。
電力会社は東北電力のエリアであるため、地元の民間放送各局では、仙台市の放送局が制作した東北電力提供の「東北7県」ブロックネットのローカル番組が週に一回程度と低頻度ではあるが放送されている。一方、NHKは、新潟県を関東甲信越として定めている。かつては甲信越独自の番組制作も行っていたが、現在では各県独自の番組がある程度で、事実上関東甲信越と一括りにされることが多い。国政選挙やアマスポーツの区割りでは北信越ブロックに属するため、これらの報道や中継を行う場合は名古屋経由でネットする。携帯電話は、NTTドコモとauは関東(かつては東北セルラー電話としてau時代初期まで東北に所属。現在も営業上は関東でも、ネットワーク上は東北である。その為、通話料金表では新潟県は現在も東北地域に含まれている。)、ボーダフォンは東北のエリアとなっている。
このように新潟市は、本州日本海側で最大規模の都市でありながら、いずれの地方の中心都市とも言い難い(中部地方#地方内の分類、新潟県なども参照)。すなわち、新潟市の後背経済圏は新潟県内にほぼ限られてしまっており、七大都市圏のような地方全体を統括する機能を持っていない。ただし、新潟市の政令指定都市化で存在感が増し、歴史的につながりの深い山形県の庄内地方、福島県の会津地方、長野県の北信地方などの隣接地域に経済圏をはじめとした、影響範囲の拡大が起きることが予想されている。
※このうち、市町村合併と政令指定都市移行については、新潟市の行政区域の変遷を参照。
(→新潟市の市役所・支所一覧)
thumb|right|200px|2001年当時の新潟市(青)と、2005年編入の周辺13市町村(緑) 新潟市は、新潟町・沼垂町と周辺の14町村が合併して形成された市であるが、現在においても市域近郊の市町村がベッドタウン化したり、周辺市町村とも経済的な繋がりが強い。
1881年、西堀通六番町に初代新潟市役所庁舎(竣工当初は新潟区役所)が完成。1911年に二代目市庁舎に建て替えられたが、1941年の大火で焼失、1942年に三代目市庁舎が完成した。しかし、これも1955年10月1日に発生した新潟大火で焼失したため、1958年に鉄筋コンクリート造の四代目市庁舎が建てられた。しかしこれも老朽化し手狭になったことから移転・新築することになり、市制100年を迎えた1989年、旧新潟県庁本庁舎立地の学校町(白山神社そば)に現在の五代目市庁舎が完成した。本庁第1・2分館は、旧県庁分館を改修して使用している。
尚、その後西堀通の旧市役所立地には1993年にNEXT21が完成した。また2004年に開館した新潟市歴史博物館(みなとぴあ)の本館は、二代目市庁舎をモデルに建設されたものである。
上記のように、環日本海地域との繋がりが深く、市内の案内板では英語、中国語の他に朝鮮語、ロシア語表記の物が目立つ。
新潟市は、周辺地域とともに新潟都市圏を形成しているが、2005年3月の合併により、主な通勤・通学圏内の市町村が新潟市へ編入されたため、市域人口と比べて都市圏人口はそれほど大きくない。2000年国勢調査の統計値をもとにした都市圏人口は、都市雇用圏(10%通勤圏)で約95万人、10%通勤・通学圏で約99万人となっている。1.5%都市圏では約135万人。
以上のような定期的な人の移動を基準にした都市圏に対し、不定期的な人の移動、すなわち経済圏人口は約150万人規模と言われている。これらは既存政令市に比べて小さいが、中核市の中では最大級である。
都心部のオフィスビルは、10階建て前後の中低層ビルが主流であり、高層オフィスビルは31階建、21階建がそれぞれ1棟あるのみである。一方で、ここ数年は人口の都心回帰現象が見られ、中高層マンションの建設は活発化している。特に眺望の良い信濃川沿いにマンションが多く立地している。また、景気回復傾向と政令市特需が相まって大規模な民間開発計画が相次ぎ、一部は既に建設が始まっている
市内にはかつて本州日本海側で唯一の証券取引所であった新潟証券取引所があり、県内の主要企業の株式の売買が行われていたが、2000年3月に東京証券取引所に統合された。
機械工業、金属工業、製紙業、化学工業、食品加工業など多種多様な工業が盛んであり、北陸工業地域の中核となっている。 かつては石油精製業が大きな地位を占めていたが、老朽化した製油所の廃止により現在ではほとんど行われていない。
新潟市では平地が広く、砂丘が発達していることから、次のような農作物が栽培される。
市内の固定電話の市外局番は現在、3つの局番が混在している。新潟県内で最初に市外局番の3桁化が行われたのが現新潟市域である。1986年秋に局番の逼迫対策のため、旧0252・0253と、前述の上4桁を含む市外局番5~6桁の地域が「025」に統一化された。
現在、県内には市外局番「025」を使用している地域が複数あるが、このうち市内局番200・300番台が新潟市域に割り当てられている。
前述の通り、市内には3つの市外局番とMAが混在しているが、現在のところ、市外局番の統一化の予定は決まっていない。巻など0256局の地域は市外局番の桁数を変更するだけで「025」への改番が可能だが、0250局の地域は現状の番号のままで桁数を変更すると、市内通話がいわゆる「0発信」となってしまうため、このままでは市外局番を「025」とする事ができない。一部では「市外局番を『02』にしてはどうか」とする意見がある。しかし、仮に局番を「02」とした場合、現在の新潟地区の「025」地域すべてをも巻き込んでしまう上、番号数が大幅に余剰してしまう恐れがある。
「0250」局のうち、新津・小須戸地区で使用されている市内局番は21~25、38、61の7局番。また「025」局は300番台に大幅な余裕があり、前出の7局番を300番台に置き換えて改番することが可能である。この方法であれば、同地区は「0250」の末尾の「0」を「3」に置き換えるだけで市外局番を改番することができ、市外局番を「025」に統一することが可能となる。また番号変更の影響は同地区内のみに抑えられる。
なお、現状では統一に関する議論はあまり盛んではなく、前述の通り統一化の予定も今のところない。
新潟市中心部に「学校町」があるが、これは、新潟大学旭町キャンパスにはかつて同大学の全ての学部があり、その周辺には高等学校が三校あった事に由来する。
一方、古町や新潟駅周辺などには、専門学校が立ち列ぶ。特にNSGグループの専門学校が多い。
新潟市内には、県立1軒、市立22軒の図書館・図書室がある。しかし、市立図書館には長らく基幹となる施設がなく(沼垂が実質上の中央図書館的な機能を果たしている)、蔵書の一部は廃校となった小学校に所蔵されるなど、収容施設が不足している。現在、旧市立長嶺小学校跡地に、中央図書館を整備する工事が進められている。
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かつては遊園地の鳥屋野レイクランドやアミューズメントパークの新潟ジョイポリスなども存在したが、既にすべてが閉園されている。また、映画館も近年シネマコンプレックスが数多く進出しているがその反面繁華街の中にあった単館系の映画館は閉館している。その他、主な娯楽施設としては水族館のマリンピア日本海などがあげられる。
2001年に完成した新潟スタジアム(通称ビッグスワン)は2002年日韓ワールドカップの開催地となり、日本側の開幕戦が行われるなど三試合が開催されたほか、ワールドカップ終了後も、Jリーグのオールスター戦や日本代表戦なども行われた。又、ビッグスワンは、Jリーグ・アルビレックス新潟のホームスタジアムである。同チームの観客動員数はリーグでもトップクラスである。
プロ野球公式戦は以前、新潟市営鳥屋野野球場で年に1~2試合開催されていたが、老朽化や設備不備などの事情から1996年を最後に公式戦の開催はなく、二軍の公式戦も1998年に開催されたのが最後である。
新潟県スポーツ公園の敷地内では、新潟県立野球場(仮称)の建設工事が行われている。この本体着工には紆余曲折があった。整地のみが完了した段階で7・13水害や新潟県中越地震が発生し、これらの復興事業を最優先させる必要が生じたため、工事が中断した。このような事情により開催が困難になったため、2008年のオールスターゲームの開催誘致に成功していたものの、開催権を返上した。プロ野球オールスターの地方開催を取りやめるのは、これが史上初の事例であった。
ところが、2005年1月に地元経済界や新潟県高等学校野球連盟、新潟県硬式野球連盟、新潟県野球連盟(軟式)の野球三団体を中心として「県立野球場建設促進委員会」が設立され、建設を進められるよう論議が重ねられ新潟県側に提案などを行った。また2005年4月に野球場建設の署名活動が行われ、13万人の署名が集められた。これを受け、2006年6月22日午前に新潟県の泉田裕彦知事が記者会見を開き、新潟県立野球場(仮称)を2006年度内に着工し、2009年までに完成させると発表した。これにより、新潟国体に間に合うことになった。
本決定を受けて、2006年7月3日に開かれたプロ野球実行委員会で2010年のオールスター開催が内定した。
なお、新潟市は草野球が盛んなことはあまり知られていない。新潟地震後の復興のシンボルとも言える早起き野球大会は、市の主催で行われ、最盛期には944チーム(1981年)が参加した。現在では300チーム前後まで減少しているが、それでもなお参加チーム数としては全国一の規模を誇っている。
thumb|230px|right|新潟スタジアム thumb|200px|right|新潟市東総合スポーツセンター
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陸上と海上のいずれにおいても、新潟市は、北陸地方は勿論、本州日本海側の交通ターミナルとなっており、交通都市として有名である。
鉄道ではJR東日本の上越新幹線を初め、北陸地方の他の地域や、東北地方、関東地方、近畿地方とを結ぶ特急・急行列車が運行されている。又、高速道路も新潟市を中心に北陸自動車道・磐越自動車道、日本海東北自動車道が放射状に広がり、更に空港や港湾も抱えている事から、本州日本海側の交通ターミナルという機能を担っている。
現在、新潟駅と中心市街地(古町)やビッグスワンを結ぶ交通機関がバスのみとなっており、市民の間から軌道系交通機関を求める声が上がっている。 市や関係機関では現在、中心市街地の輸送手段として新交通システムの導入を検討している。想定されるルートはJR新潟駅を南北に貫きながら古町・万代シテイ・駅南の三つの商業地を結び、更には白山周辺・県庁周辺・鳥屋野潟南部(新潟スタジアムや新潟テルサ、新潟産業振興センターなどが立地し新潟市民病院の移転先にも決定している)・市役所付近などを経由する環状線や中心部から新潟空港へアクセスするものなどである。LINK(PDF)
具体的な手段としては、LRT・地下鉄・モノレール・基幹バス・IMTSなどが候補として挙げられている。このような構想は現在に至るまで何度か浮上してはいるものの、なかなか具体化せずに立ち消えとなっている。こうした公共交通網の整備は、仮に導入した場合は需要確保やコストなど運営面の問題や降雪や強風、海からの潮風、更には地盤が軟弱であるという立地条件の問題なども数多く容易には実現できない面も多い。尚、新潟駅周辺の立体交差化が完了した際には駅の真下を通り、駅の南北を貫くバス専用レーンが設置される予定となっており、将来的にはこの専用レーンをLRTに置き換えるという構想もある。
新潟駅は、現在駅舎の建て替え、及び周辺道路の整備が進められる予定である。
又、新津駅は信越本線、羽越本線、磐越西線の合流点に当たり、新潟市内第二のターミナル駅となっている。また寝台列車「あけぼの」「トワイライトエクスプレス」「日本海」などは新潟駅を経由しないため、中心市街地へ向う場合には新津駅が乗換え駅となる。
JR新潟駅は、上越新幹線の終着駅でもある。1982年11月15日に大宮~新潟間が開通。最速列車は、東京~新潟間をノンストップで1時間37分で運行している(上りは1時間40分)。定期列車は日中毎時二本の頻度で運行している。新潟駅の東側には引込線が伸び、新潟新幹線車両センターへと続く。ここでは、新幹線車輌の日常の点検・整備が行われる。
上越新幹線の新潟以東については、かねてより新潟空港への乗入れや、羽越本線高速化によるアクセス強化の構想がある。最近では新潟駅の高架化事業と合わせて整備しようという動きがみられる。
現在は東日本旅客鉄道(JR東日本)一社のみが運営しており、新潟駅をターミナルに三路線が走っている。新潟都市圏の鉄道利用者は日本海側では最も多くなっている。また運行頻度も地方としては高いため、既存政令市に比べれば見劣りするものの、鉄道通勤・通学の割合は地方都市としては比較的高くなっている。現在、新潟駅周辺の路線を高架化することで周辺道路と連続立体交差するほか、新幹線ホームとの段差をなくし乗り換えをスムーズに行えるようにする計画がある。
又、2004年秋に新潟駅を中心に、信越本線・東三条駅、白新線・新発田駅、越後線・吉田駅の区間各駅に自動改札が設置され、2006年1月21日からはSuicaのサービスも開始された。新潟市内のJR線は上越新幹線・磐越西線を除く全区間が新潟近郊区間に含まれる。詳細は東日本旅客鉄道新潟支社の項を参照。
市内には貨物専用駅が一箇所ある。東新潟駅構内に隣接する新潟貨物ターミナル駅がそれにあたる。一部の長距離貨物列車がここを経由するが、関西と北海道を直通する一部の列車は水原駅を経由しており、この駅は経由しない。また、トラックを直接列車に積み込むピギーバック輸送も、新潟ではいち早く取り入れられた(1996年まで運行)。
又、かつて「鉄道の街」として栄えた旧新津市も、旧新潟市と同様に交通の要衝であり、現在でも県内のJR線の要衝として機能している。新津駅構内には、JR東日本新潟支社管内の気動車の基地である新津運輸区が置かれ、駅南西側にある新津車輌製作所では、JR東日本の首都圏内用の車輌が製造されている。他、新津東町には新潟市新津鉄道資料館があり、新津と鉄道にまつわる様々な資料を閲覧することができる。
私鉄路線は、かつては新潟交通が運営する新潟交通電車線があり、白山前~白根~月潟~燕間を結んでいたが、1999年を以って全線廃止となっている。現在その廃線跡は、中心部では再開発(旧東関屋駅跡地でのマンション建設、元々県有だった関屋分水路橋梁部の歩道転用、味方・黒埼の中ノ口川堤防拡幅等)などが行われるなどして姿を変えつつあるものの、大部分が廃線直後のままの状態で残存している。旧月潟駅にはかつての車輌が展示され、美空ひばりの「越後獅子の唄」の歌碑が建立されるなど、公園として整備されている他、映画『愛してよ』では、旧焼鮒駅がロケーションに使用されている。
新潟市側は廃線敷のうち、新潟交通が所有する箇所について、市道、自転車道、遊歩道などとして整備することを目的に無償譲渡を求めている。しかし新潟交通は経営状況の悪化を理由に有償での譲渡を主張しており、再開発の目途は立っていない。歴史など、その他詳細は新潟交通電車線のページを参照する事。
※上り・下りに関係なく、新潟駅を中心に掲載する。
路線バスは、現在の所は新潟交通一社のみが運営している。グループ会社も含めて計四社の運営による路線網が発達している。市内や郊外を結ぶ、市中心部のバスの主要発着地は、新潟駅(万代口・南口)、万代シテイバスセンター、古町、新潟市役所前の四箇所。他には県庁前や信濃町、新潟大学、新潟空港なども発着が多い。バスセンターの前身「新潟交通バスステーションビル」(1951年完成)は、新潟県内では初の本格的なバスターミナルだった。
新潟市内の定期路線では、新潟駅万代口から古町、市役所前を通り、国道116号を経由して新潟大学・内野方面に向かう通称「西小針線」と、市役所前から古町を通り、東港線、国道113号を経由して松浜に向かう通称「下山・松浜線」の利用客が多く、この二路線の主要バス停には「都市新バスシステム」としてバスの接近案内装置が設置されている。これはバス車内の案内放送と無線を介して連動し、表示と音声を用いてバスの接近を知らせるもので、県内のバス路線で同装置を使用しているのはこの2路線のみである。
他、国土交通省と県内バス会社による路線バス・高速バスのリアルタイム位置案内サービス「にいがたバスi」が、新潟市内・近郊の主要バス路線と県内外の高速バス全路線で実施されており、インターネットと携帯電話でバスの現在位置を確認する事ができる。
2004年4月24日からは、新潟市中心部の観光施設を経由する観光循環バスが運行されている。2003年7~9月に試験運行し、好評だったことから定期運行化されたもの。小型ノンステップバス2輌を採用し、それぞれの車体には新潟市出身の漫画家によるキャラクターが描かれており、外回り(白山公園先回り)の車両は水島新司の「ドカベン号」、内回り(朱鷺メッセ先回り)の車輌は高橋留美子の「犬夜叉号」となっている(検車等により、一般の小型車輌で運行する日あり)。また、白根地区では既存のローカル路線が廃止されたのに伴って、同年12月中旬から循環バスが運行されている(旧白根市・現新潟市白根支所が事業主体で、新潟交通西が運行を受託)他、2005年11月からは亀田地区でも住民主体によるコミュニティバス事業が始まっている。
しかし他の地方都市と同様、近年は路線バスに関しては険しい運営状況が続いており、採算の低い路線が徐々に廃止・削減されるなど事業規模は縮小の一途を辿っている。このため、郊外線の一部区間については国や県、市からの助成金によって運行が維持されている。こうして新潟交通グループのバス路線網が脆弱化したことにより、市内外では公共交通の空白域が徐々に増加。日常の足を自家用車のみに頼らざるを得ない地域も数多く点在しており、子供やお年寄りなど、交通弱者の日常生活にも少なからず影響を及ぼしている。前述した亀田地区のように、住民組織が主体となってコミュニティバスの運行に携わる動きもあるが、市も今後何らかの対策を講じてゆく方針である。2006年7月、市は新潟交通などと共同でオムニバスタウンの指定を受けるため、準備作業に取り掛かる意向を発表した。
新潟市は、新潟駅万代口をターミナルに、県内各地ならびに県外各地を結ぶ高速バスの路線網が全国的に見ても発達している地域である。
各路線は新潟交通グループと越後交通、頸城自動車、蒲原鉄道、阪急バス、西武バス、名鉄バス、日本中央バス、会津乗合自動車、福島交通、JRバス東北、北陸鉄道、富山地方鉄道、長電バスの各バス会社が発着地に応じて共同で運行している。
太字は県外の都市を表す。
中心部を流れる信濃川を経由する水上バスが、信濃川ウォーターシャトルにより定期運航されている。市内の観光資源としての役割は元より、鉄道とバスに続く第三の通勤・通学の足として定着させる事を目指している。
thumb|right|200px|萬代橋 thumb|right|200px|新潟市近郊のバイパス道路網 thumb|right|200px|新潟バイパス
新潟市を始点・終点とする国道の道路元標は、柾谷小路と本町通が交差する、本町通七番町・本町十字路(本町交差点)に設置されている。又、信濃川に架かる萬代橋は、国道の橋としては全国で二例目の重要文化財に指定されている。
市中心部のうち新潟島地区には一方通行となっている区間が多く、これは他の都市と比べても高い割合と言われている。特に、古町を中心とする地域は、1960年代に一方通行化されたが、それまでの慢性的な渋滞の解消には繋がったとされている。また日中(主に7時から22時)は幹線道路からの右折が禁止となっている交差点も多い。この為市外・県外からの観光客がタクシーを利用した場合には「わざと遠回りした」と苦情が出ることも少なくない。
新潟市周辺では、後述するようにバイパス道路網が発達しているが、市街地におけるバイパス以外の道路は片側三車線、四車線のような広幅員の道路が少なく、幹線道路の一部区間ではしばしば渋滞が発生する。
市内の国道については、市内を北東から南西に縦貫する国道7号・8号・116号の新潟バイパス(含新新、新潟西バイパス)と、南北に横断する国道49号・403号の亀田バイパス(含横雲バイパス)・新津バイパス(含新津南バイパス)の、連続立体交差方式によるバイパス道路網が発達している。将来的には、栗ノ木バイパスを連続立体交差化して、東港線・柳都大橋と直結させる計画もある。
新潟バイパス・女池IC~竹尾IC間は、全国の一般道の中で最も交通量の多い区間とされており、それ以外の区間でも全国屈指の交通量を誇る。しかしながら、立体交差で車線数も多いため、交通は円滑に流れている。
これらの連続立体交差のバイパス道路網は元来、都市間輸送路を郊外に移して市中心部の交通を円滑化する目的で建設されたものではあるが、現在はそれにとどまらず、市民の生活道路として都市高速道路のような役割を果たしている。中には、バイパス道路を「無料の連続立体交差の道路」という意味で誤認している人も存在する程である。
バイパス道路網の役割を補充する道路として、市内を半同心円状に結ぶ外環状道路が幾つかある。県道2号・県道16号、新潟大外環状線、国道460号などがそれにあたる。このうち大外環状線については現在、新設区間の建設が進められている(完成時期は未定)。
又、市内には、道の駅が3箇所設けられている。この内、道の駅豊栄は、日本で初めて一般道路に設けられたパーキングエリアで、「道の駅 発祥の地」に認定されている。
thumb|tight|100px|「高速道路」の表記 新潟中央JCTは、北陸自動車道・日本海東北自動車道・磐越自動車道の、三本の交差点である。又、関越自動車道は、実質上の終点は長岡市であるが、法律上(名目上)の終点は新潟市となっている。
このため、新潟市内のインターチェンジを案内する道路標識には、通常はインター名と合わせて「○○自動車道」か「○○道」と路線名が記載されている所を、右写真のように路線名ではなく「高速道路」という表記を使用している。
北陸自動車道は、北陸地方全体や近畿地方へ、更に長岡市で分岐する関越自動車道を通じて関東地方へ、上越市で分岐する上信越自動車道を通じて甲信地方や東海地方へと、それぞれ至る。磐越自動車道は、途中で東北自動車道と交差して常磐自動車道に達して、東北地方太平洋側へと至る。日本海東北自動車道は、新潟市を通過する部分は既に開通済みである。現在はまだ胎内市(旧中条町)までしか開通していないが、青森市に向けて建設中である。
尚、新潟市内の高速道路は、磐越道の新潟PA以東、日東道の豊栄SA以東を除いて四車線で開通している。磐越道の新潟PA以東、日東道の豊栄SA以東は今のところ暫定二車線(対面通行)となっている。
又、2004年12月24日から、黒埼PAでスマートインターチェンジの社会実験が実施されている(~2006年9月30日まで)。
※高速道路は、上下に関係なく、新潟中央JCTを中心に掲載する。
(※括弧内は重複区間となっている路線)
(→新潟市内を走る県道一覧)
市の東部、阿賀野川河口の左岸側に新潟空港が立地する。市街地に隣接しているためアクセスが良い。
国際線は1973年に日本航空およびアエロフロート(当時)によりハバロフスク線が運航されるなど早い時期から開設され、現在ではロシア極東地方、中国東北部を初め、ソウルやグアムなどへ就航している。特にロシア極東方面への路線は、日本国内では新潟からしか就航していない路線もある。発着便数は多くないものの4か国8路線(内1路線は休止中)の国際線が就航しており、地方空港としては屈指の路線数を誇る。
国内線は、新千歳空港、中部国際空港、大阪国際空港、福岡空港など主要都市のほか、佐渡空港への路線も持つ。
その他詳細は新潟空港の項を参照。
thumb|right|200px|新潟西港 新潟市中心部には、特定重要港湾である新潟港があり、新潟港には、貨物専用の掘り込み式である新潟東港と、旅客と貨物を両方とも取り扱う信濃川河口にある新潟西港(狭義の新潟港)の二つがある。又、佐渡汽船や新日本海フェリーの就航航路もある。
新潟西港には、北朝鮮の貨客船である万景峰号も入港するため、一時期は騒然となった。
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大和田建樹作詞の「鉄道唱歌」では、第4集北陸篇において新潟は5番を割かれて歌われている。日本海側の都市で、日米修好通商条約における開港指定五港に認定され、大きく栄えていたことなどが関係していると見られる。なお、歌が作詞された当時は新潟駅は存在せず、信濃川を挟んで対岸に在った沼垂駅がこの地のターミナルになっていた。
(人名の後に、代表作一作を括弧内に記す。)