松坂屋






松坂屋(まつざかや)は、
日本の
百貨店の一つ。中京圏に拠点を置き、とりわけ
名古屋では圧倒的なブランド力を持っている。イメージフラワーとして
カトレアを古くから採用している。
戦後の一時期三越・高島屋などを凌ぎ日本一の売上を誇る百貨店企業であったのみならず、
現在の三菱東京UFJ銀行の前身の一つ伊藤銀行(東海銀行・UFJ銀行を経て今日に至る)、名古屋の帝国ホテルと呼ばれた名古屋観光ホテル、名古屋商工会議所の設立にも関連した近代名古屋の名門企業であった。
本店(名古屋市中区栄)の他に名古屋市中村区、岡崎市、豊田市、上野(東京都)、銀座(東京都)、静岡市、高槻市にある。
また子会社「横浜松坂屋」の店舗は横浜市。過去には札幌市、大阪市など、また海外にもパリに店舗があった。
本店は売り場面積 (86,747m²) が日本一である。
沿革
- 1611年(慶長16年) - 元織田家家臣(小姓)の伊藤蘭丸祐道が名古屋本町で呉服小間物商 いとう呉服店を始める。
- 祐道はのち大坂夏の陣で豊臣方について戦死し、呉服店は一旦閉店となる。
屋号について
三重県にある「松阪市」と混同して、しばしば松阪屋と誤表記される。また、マークが松阪商人の三井家の家紋と酷似している事も一因である。
もともとこの百貨店の屋号は創業者・伊藤蘭丸祐道の苗字から採ったいとう屋であった。
この伊藤蘭丸祐道の祖先は織田信長の小姓をしていたとされる。
1867年江戸郊外の上野にあった呉服店・松坂屋を買収した際、江戸の屋号はそのまま「松坂屋」を使用したが、これは既に江戸市中に松坂屋の名前が知れ渡っていたため、本来の「いとう屋」に変更するよりも得策と判断したからである。(同様の例に、横浜発祥の松屋がある)
「松坂屋」のそもそもの由来は、上野の店が1707年に伊勢松坂(松阪市の中心部に当たる)出身、つまり松阪商人の太田利兵衛の手により開業した事によるもの。当時の松坂は木綿(松阪木綿)の主要な供給地でもあり呉服とは無関係ではなかった訳である。
大阪進出の際も同様の理由により買収した「ゑびす屋」をそのまま使用してきたが、全店舗で屋号を統一する事となった際、東京で使用されてきた「松坂屋」が採用される事となり、現在に至る。名古屋発祥であり、現在も名古屋に本拠を構えている同社であるが、敢えて由緒ある「いとう屋」の屋号を封印したのは全国チェーン化を睨んだためである。
国内店舗
- 名古屋本店
- 岡崎店
- 名古屋駅店
- 豊田店
- 高槻店
- 上野店
- 銀座店
- 静岡店
関連会社の店舗
かつてあった店舗
松坂屋大阪店(天満橋)
1966年 京阪天満橋駅の地下化に伴って建設された駅ビルに、ゑびす屋以来の日本橋(現・高島屋別館のビル)から移転してきた。1996年、長堀鶴見緑地線の京橋~心斎橋間の開通により、多くの人が心斎橋に流れた。これを受け、若者向けに改装し増客を図ろうという方針がとられたが、心斎橋や梅田、隣の京橋に比べて場所としての魅力が少なく、若者客の獲得は失敗に終わった。
立地面では「桜の通り抜け」でも有名な大川沿いに位置し、ガラス張りの休憩室や飲食店からの展望を売りとしていたが、いわゆる展望スポットとしての集客力には欠けた。総面積は市内の主要百貨店と比べ狭く、また川沿いの立地が災いし、売場の増床も事実上不可能であった。
そのような厳しい状況のなか営業を継続してきたが、結局天満橋へ移転後ただの一度も黒字化を果たせず、2004年5月5日で閉店した。
閉店後の跡地は、京阪電鉄の所有物ということもあり京阪主導で大規模な改装工事を行い、著しく老朽化した建物外観なども一新され2005年5月27日に「京阪シティモール」としてグランドオープンを果たした。
横浜松坂屋
横浜松坂屋(よこはままつざかや)は、1864年に茂木惣兵衛が横浜市中区弁天通に創業した「野澤屋呉服店」を前身とする。1910(明治43)年、伊勢佐木町にデパートメントストアとして支店を設立。1921(大正10)年に「株式会社野澤屋呉服店」となった。
創業時より松坂屋・伊藤家、タキヒョー・滝家の支援でスタートした。
その関係で戦後、1968(昭和43)年に松坂屋と共同配送を開始。
商品券の交換など元来松坂屋とは友好関係を築いていた。その後、横浜西口の繁栄にともなう伊勢佐木町の地盤沈下で業績は年々低迷。遂にグリーンメーラー(仕手屋)として知られた横井英樹が株式買い占めを行い、乗っ取り騒動となる。この時松坂屋がホワイトナイトとして防戦買いに協力した結果、松坂屋が筆頭株主となり、1974(昭和47)年に店名を「ノザワ松坂屋」と改称。松坂屋グループに入り、この時伝統の「入り九」マークは外され、松坂屋のいとうマークに代わった。1977(昭和52)に松屋横浜店の撤退に伴い、これを買収し西館として、社名及び店名を「横浜松坂屋」とした。
2003(平成15)年に松坂屋の100%子会社となっている。
プロ野球・横浜ベイスターズを長年応援し、1998年の日本シリーズ優勝時には大型のクジラの模型が飾られた。また、店頭では異例ともいえる「神奈川新聞」優勝号外の再発行・再配布が行われた。
フォークソングデュオのゆずがアマチュアの無名時代、長年店頭で路上ライブを行っていた。2003年NHK紅白歌合戦に出場した時は、この横浜松坂屋前より生中継を行った。
京都仕入店
1745年、室町姉小路に開設。1749年、現在の新町六角通下ル(京都市中京区)に移転。この界隈が呉服の問屋街であることからわかるように、京都店は呉服を仕入れるために設けられた店舗である。
現在は染織デザインの研究所(京都事業所)になっているが、昔ながらのたたずまいを見ることが出来る。
関連項目
外部リンク