自由民主党総裁
自由民主党総裁(じゆうみんしゅとうそうさい)とは自由民主党の国会議員および党員・党友等による選挙によって選出される、自由民主党の最高責任者であり、党首に相当する。総裁の役職名は、立憲政友会・日本自由党を引き継いだもの。
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 自由民主党総裁代行委員 | |||
| - | 鳩山一郎 緒方竹虎※1 三木武吉 大野伴睦 | 1955年11月15日-1956年4月5日 | 旧民主党 旧自由党 旧民主党 旧自由党 |
| 自由民主党総裁 | |||
| 1 | 鳩山一郎 | 1956年4月5日-1956年12月14日 | 鳩山派 |
| 2 | 石橋湛山 | 1956年12月14日-1957年3月21日 | 石橋派 |
| 3 | 岸信介 | 1957年3月21日-1960年7月14日 | 岸派 |
| 4 | 池田勇人 | 1960年7月14日-1964年12月1日 | 池田派 |
| 5 | 佐藤栄作 | 1964年12月1日-1972年7月5日 | 佐藤派 |
| 6 | 田中角栄 | 1972年7月5日-1974年12月4日 | 田中派 |
| 7 | 三木武夫 | 1974年12月4日-1976年12月23日 | 三木派 |
| 8 | 福田赳夫 | 1976年12月23日-1978年12月1日 | 福田派 |
| 9 | 大平正芳※2 | 1978年12月1日-1980年6月12日 | 大平派 |
| 10 | 鈴木善幸 | 1980年7月15日-1982年11月25日 | 鈴木派 |
| 11 | 中曽根康弘 | 1982年11月25日-1987年10月31日 | 中曽根派 |
| 12 | 竹下登 | 1987年10月31日-1989年6月2日 | 竹下派 |
| 13 | 宇野宗佑 | 1989年6月2日-1989年8月8日 | 中曽根派 |
| 14 | 海部俊樹 | 1989年8月8日-1991年10月30日 | 河本派 |
| 15 | 宮沢喜一 | 1991年10月31日-1993年7月30日 | 宮沢派 |
| 16 | 河野洋平 | 1993年7月30日-1995年9月30日 | 宮沢派 |
| 17 | 橋本龍太郎 | 1995年10月1日-1998年7月24日 | 小渕派 |
| 18 | 小渕恵三 | 1998年7月24日-2000年4月5日 | 小渕派 |
| 19 | 森喜朗 | 2000年4月5日-2001年4月24日 | 森派 |
| 20 | 小泉純一郎 | 2001年4月24日-2006年9月20日 | 森派 |
※…形式上な派閥解消または派閥離脱は実質的な所属派閥を記載。
※1…緒方竹虎が1956年1月28日に逝去。後任の松野鶴平(旧自由党)が1956年2月10日から就任。
※2…逝去後、西村英一副総裁が総裁代行。
自由民主党総裁以外の自民党議員が内閣総理大臣に就任すること。自民党では自民党議員から首相を選出する場合は、総裁を首相に選出しているが、権力の分散、責任の分担、党内融和の観点からでしばしば総理・総裁の分離案が浮上する。しかし、過去に何度か分離案が浮上しても調整段階で失敗しており、自民党総裁以外の自民党議員が首相に選出された例は一度もない。なお、自民党総裁を退くと首相も辞任することが慣例化しているため、自民党において総総分離体制が持続されたこともない。
総裁の再選制限が規定されて以降、総裁の任期切れが近づく中で総裁の指導力によって国政選挙で圧勝すると、総裁への求心力が高まって首相を続投するために総裁任期延長論が党内から出てくる。首相は国会議員として当選し続け、国会の首班指名で選出される限り再選に制限はないが、党総裁を首相に選出することが慣例化している自民党では党総裁の任期切れが首相続投の障害となる。
1986年、中曽根総裁が死んだふり解散による衆参同日選挙で自民党が勝利したことによって、総裁任期を1年延長した。
2005年、小泉総裁が郵政解散による第44回衆議院議員総選挙では自民党が圧勝したため、小泉総裁に対する求心力が強まり、党総裁の任期が切れる2006年9月以降も、2年後の参院選などの対応のために引き続き首相を務める意見が党内で起こった。しかし、当の小泉は当初から自身の総裁任期延長を否定しており、総裁の任期満了後も総裁はもとより、首相を続投する心算は無いと表明した。一説には「首相任期中は消費税を上げない」と明言したため、首相を続投すると消費税増税を実現できないためともされる。
田中角栄は総理総裁の条件として、「党三役のうち幹事長を含む二役、内閣で外務・大蔵・通産のうち二閣僚」を挙げていた。それらの要職を歴任しえすれば必ず総理総裁になれると言うわけではないが、総理総裁候補の実力者ならそれらの要職歴任は当然と考えていたと思われる。三角大福(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫)の時代はこの条件をクリアしていた。
しかし、鈴木善幸以降は条件に該当しない総理総裁が多く登場し、田中角栄が挙げた条件に全て該当した総理総裁は橋本龍太郎だけである。中には海部俊樹や小泉純一郎など、条件して挙げられた役職に全く就任していない総理総裁も出てきている。
なお、安倍晋太郎、渡辺美智雄、三塚博、桜内義雄は田中角栄が挙げた条件に全て該当しているが、総裁に就任しないままであった。
ページは 0.049 にロードされました。
についての Wikipedia
。このはGNUなしのドキュメンテーションのでされます。それは
Wikipedia 「 自由民主党総裁. 」からをいます。 いっそう
Wikipedia から
Arts & Crafts | Australia Travel | Autos | Books | Business | Career & Jobs | Cars | Computer/Tech | Education | Entertainment | Family & Relationships | Finance | Food | Health | Home & Garden | Hotel Bookings | India | Internet | Law | Malaysia | Medical | Money | Pets | Real Estate | Self Help | Sports | Travel | Women