長岡市悠久山野球場
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| 長岡・悠久山 | |
| 所在地 | 新潟県長岡市悠久町400 |
| 開場年 | 1967年 |
| 収容人数 | 8218人 |
| フィールド | 両翼98m、中堅122m |
| グラウンドの芝生 | 天然芝(外野のみ) |
| 使用チーム | |
| アクセス | JR長岡駅東口より越後交通バス「悠久山」行で終点「悠久山」下車後徒歩約2分 |
長岡市悠久山野球場(ながおかし・ゆうきゅうざんやきゅうじょう)は、新潟県長岡市にある野球場。
そもそもの起源は戦後に遡る。1949年7月、長岡市東部と見附・栃尾を結ぶ軽便鉄道を運行していた栃尾鉄道(のちの越後交通)が、電化完成後の沿線開発と誘客を目指し、南側の終点にあたる悠久山駅前に開業させたのが、悠久山球場のはじまり。8月に社会人野球のオープン戦を開催してこけら落としし、翌1950年から1955年の間にはプロ野球公式戦も開催。セ・リーグ8試合、パ・リーグ2試合が開催された(1956年にも日程が組まれたが、中止となっている)。
しかし地方都市で、更には雪国という地理条件もあって、球場の経営状況は好転せず、栃尾鉄道が長岡鉄道、中越自動車と合併して越後交通となった1960年を相前後して球場は廃業。跡地は県営長岡水泳競技場(現・長岡市悠久山プール屋外水泳場)の建設用地となった。
1967年5月、市営として現球場が悠久山プールの裏手に開場。当時は両翼90m、中堅120m、13,718人収容。以来、プロ野球、高校などの公式戦が開催されている。数度の改修を経て、2001年には両翼98m、中堅122mと拡張され、アマチュア公認規格を充足するフィールドとなった。但し拡張に伴い、収容人員は8,218人と減少している。
スタンドが小さく、老朽化も進むなど設備も陳腐化しており、プロ野球の公式戦は1996年6月8日の近鉄-西武11回戦が最後。二軍戦は2001年以降、巨人のイースタン新潟シリーズで、年1度の開催がある。
2004年10月23日に発生した新潟県中越地震で、悠久山球場はスタンドとフィールドに被害を受けた。このため2005年8月いっぱいまで震災復旧工事が行われ、9月1日から利用を再開した。
かつては行楽地としても賑わっていた長岡市街地東側の丘陵地の麓、住宅街の南側に位置している。積雪地という立地条件もあって、フィールドの暗渠が積雪ですぐに詰まってしまい、水捌けがすぐに悪化してしまうという難点がある。
下記以外の概要については頭書を参照のこと。
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