関口宏






関口 宏(せきぐち ひろし、
1943年7月13日 -)は、
昭和後期から
平成期(
1960年代後半~)の
俳優・
タレント、
司会者。
芸能事務所・
三桂代表。
父は俳優の佐野周二で、妻は歌手の西田佐知子、息子は俳優の関口知宏。祖父は国会議事堂の建設に携わった鳶職だった。
来歴・人物
立教高等学校(現立教新座高等学校)を経て、1966年に立教大学法学部を卒業。1963年より大映専属の俳優として芸能活動を始め、1966年、TBS「ヤング720」の司会を同年輩で後に交友を深める松山英太郎(1991年没)、竹脇無我と共に担当、次いで、1971年からはフジテレビの長寿トークショー、旭化成提供、「スター千一夜」の司会を担当、1975年以降はやはり長年の盟友である石坂浩二と並ぶメイン司会格として定着。これにより俳優から司会者への転身がなされた。
その後、1979年に人気番組となる月曜19時台のクイズ番組「クイズ100人に聞きました」がスタートしたことを契機に、8年間担当した「スター千一夜」の司会を故・坂本九にゆずることとなり、次第にTBSでの活躍が顕著となった。1976年2月に株式会社三桂を設立し、現在に至る。1977年、小柳ルミ子の歌った「星の砂」の作詞で日本作詞大賞作品賞を受賞。1980年代には出演番組の視聴率が合計で100%を超え、「視聴率男」の異名をとった。1983年に「わくわく動物ランド」、1987年には同じTBSの「サンデーモーニング」の司会となり、全国的知名度を確固たるものにした。
ハワイアンミュージックにも造詣が深く「アロハ・アゲイン」というCD付きブックをプロデュース(本とCDジャケットの写真撮影を写真作家・浅井慎平が担当)した。企画はすべて自社タレントで済ますことで有名である。
特徴
- かつては、淡々とした口調や進行、また清潔感のある司会ぶりから、歴史系教養番組の司会者には度々起用されていた。その為、番組の進行やゲストのフォローなどにも長けており、落ち着いた口調とも相まって視聴者に安心感を与える司会者と言われていた。
- ナレーションでは、語尾に「~ですよねぇ」を付ける癖がある。
- しかし、最近ではもったいぶった司会進行に一部には批判の声も高まってきている。特に、『サンデーモーニング』の週刊御意見番「喝!」コーナーでは、野球解説者の大沢啓二と張本勲の二人に便乗して、辛辣なコメントを喋り続ける傾向にあるので、この所視聴者から関口の司会ぶりの評判はあまり良いとは言えなくなっている。(例:現役スポーツ選手、特に女子ゴルフの宮里藍などに対して「成績不振だ!」「一体なーにやってるんですか?」など。)
- 又同じく、週刊御意見番「喝!」コーナーで、ノーヒットノーランを達成したヤクルトの、ガトームソン投手の話題の時に、独立リーグや3Aを渡り歩いた経歴を知った関口は「どうしようもない選手なんでしょう?」と思わず発言した際、大沢啓二は「(快挙を達成したのに)どうしようもない、という言い方は無いでしょう?ちょっと発言が悪いですよ!」と、本番中ながらも関口に対して注意した事があった。
- 共にテレビ朝日を代表する長寿番組、『ミュージックステーション』と『TVタックル』の初代司会者でもあるが、関口自身は両方とも半年前後で降板している。
主な出演番組
映画
- 四つの恋の物語(1965年)
- 白鳥(1966年)
- 社長えんま帖(1969年)
- 社長学ABC(1970年)
- 霧の旗(1977年)
CM
関連項目
備考
「一人vs多人数であいこも敗け」の集団じゃんけんを、「関口宏じゃんけん」「関口宏方式」ともいう。これは、「テレビあっとランダム」の後半で、スタジオの観客とじゃんけんをしていた事に由来する。なお番組中で関口は最初に必ずチョキを出す、という暗黙のルールがあった。ただしこの方式のじゃんけんは1960年代より存在していた。
外部リンク