なるほど!ザ・ワールド






なるほど!ザ・ワールドは、かつて
フジテレビで放送されていた
紀行・
情報クイズ番組。
番組概要
1981年10月6日から1996年3月26日まで毎週火曜日21:00~21:54に放送されていた。スポンサーはフジテレビ開局以来の長寿番組だった「スター千一夜」の後を継いで、旭化成グループの一社提供だった。
初代プロデューサー王東順が自ら志願して立ち上げたクイズ番組。フジテレビアナウンサー益田由美をリポーターに引っ張りだしたのも王である。当初はスポンサーの旭化成が番組構成に難色を示したが、最終的に王の熱意に押されたようである。
CS放送・フジテレビ721でも再放送された。1985年には「なるほど!ザ・ワールドの本」 を出版。1994年にはスーパーファミコンのゲームソフトを発売。そして2004年にDVDビデオソフトとして商品化、クイズ番組では異例のDVD化がなされた。
司会は俳優の愛川欽也と当時日本テレビを退社し、フリーになりたてだった楠田枝里子。1990年4月からはトランプマンもレギュラーに加わる。番組は海外特集、国内特集の大きく2本柱で構成され、レポーターの紀行の中からクイズを出題し、4組(1992年4月に5組に増える。2名1組。1995年4月以降は6名の個人戦になった。)の解答者(パネラー)が口述で答えるというものだった。(後に、書き問題や早押し問題も)最高視聴率は1983年12月27日放送の回で36.4%、全731回の平均視聴率は21.3%だった。
それまでのクイズ番組は、解答者が同じ条件で解答していたが、この番組のように下位にいた解答者が番組の最後まで答えられないことがある、というシステムは当時非常に画期的であった。
番組開始当初から、荒井注・藤村俊二、堺正章・薬丸裕英などといったコンビのレギュラー解答者がいたが、この中には坂本九・柏木由紀子夫妻もいた。特に、1985年8月12日に起きた、日航ジャンボ機墜落事故の翌日の放送分の「200回記念」の収録には坂本夫妻も参加していたが、フジテレビは、番組開始冒頭から事前収録であることを示すテロップを流し、敢えてそのまま放送した。そして、番組の最後に、画面を四隅まで使って、敢えて放送に踏み切った経緯を文章で説明するとともに、締めくくりとしてブラックバックに「坂本九さんの無事をお祈りします」というコメントを寄せたが、残念ながらその願いは叶うことはなかった(放送終了翌日に死亡が確認されたため。)。なお、葬儀には、司会の愛川欽也も参列している。
クイズルール
基本ルール
- 解答者は、「オープニングクイズ」の数字にまつわるクイズで席順を決める。正解の数字もしくは内輪の近似値(正解の値より下且つ最も近い数字)を当てた解答者から順に、階段状のセットに設置された1~4番席(1枠に近いほど上段にある)に着席する。
- 後期では席順は、トランプマンによるカードやおもちゃのカエルレースゲーム、1チームずつに出題されるクイズで正解するまでにかかったタイムの早い順、と時期によって色んな方法で決められていた。しかし、末期(1995年4月以降)の席決めは、簡単なジャンケンで決めていた。
- その後のクイズでの正解に応じて、解答枠のアップダウンがある。通常の正解は1段階、最終問題である「ジャンピングチャンス」(後述)では2段階上がることができた。
- 末期(1995年4月以降)では、解答席が6枠まで増えたため、ジャンピングチャンスでの正解は1段階増えた3段階になった。また、1枠に行けないことが確定した5,6番席の解答者には解答権が与えられなかった。(この背景には、1994年10月に放送された特番の「FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」の最終問題で優勝の可能性がない4番以下の席が正解やレギュラー時の最終問題「ジャンピングチャンス」(書き問題を除く)では4番席が正解することがあったことからルール追加された。)しかし、1997年の大復活祭では再び2段階に戻した。
- 解答形式は、基本的には1枠より口頭での解答である。正解が出ないと次の枠に解答権が移る。この折、司会(愛川欽也)は各枠へ解答を聞きに向かうが、制限時間が無くなると解答席のテーブルを叩く。すると解答席に「×」印が表示される。特に最終問題では、解答の選択肢が無くなった意味で「はい、消えたー!」と叫びながら解答席を叩いた。(解答テーブルに×印を出すスイッチがあるわけではなく、演出およびスタッフへの合図である。)
- 最下位の枠まで回っても正解が出ない場合は、再度1番席に解答権が与えられる。
- 正解・不正解の判断や解答の制限時間は厳格に決められているわけではなく、愛川の裁量でなされた。問題によっては、1度の解答権で1つしか解答を許さないなど、広い裁量権を持っていた。
- 筆記問題は、正解者から順に席順が入れ替わる。正解チームが複数居た場合、出題前の順位が上位の者が優先的に上位の席に移れる。(正解チーム-不正解チーム)
- 1番席が正解した場合は1万円分の図書券(後に商品券)がプレゼントされる。これは各問題共通である。
- 後期では、八者択一やワンフレクイズ(視聴者参加型)など、一種類のクイズだけで出題される回もあった
早押しクイズ
- 映像の中に一瞬だけ、その映像に関連するあるものの一部が写る。その写った物は何かを当てる
- 内視鏡である物を接写している映像から、何を映しているのかを当てる
ジャンピングチャンス
最終の逆転可能なクイズ。
- 8名の日本の有名人の写真が載っているパネルを海外の人に持ってもらい、その人が恋人にしたいと選んだ有名人は誰なのかを当てる
- 「恋人選び」以外にも様々な8つの選択肢から正解を選ぶ問題が出題されるようになった
- 当初は、筆記問題の「二者択一」(2つの選択肢から正解を選ぶ)とセットで出題されていたが、後に「八者択一」のみ出題されるようになった
- 2つの群(例.アニメのキャラクターとその声優)にそれぞれ8個の項目があるので、正しいと思う組み合わせを当てる。なお、正解したら続けて解答する事が出来て、全部の組み合わせが完成するまで出題された。
- クイズ8合わせのみで番組が作られたこともあった。
- 基本的なルールは「クイズ8合わせ」と同じだが、1つの群には6個の項目、もう一方の群には5個しか項目がない。つまり6個ある群には、1個だけどの項目とも結びつかない「ババ」が含まれており、難易度が上がっている。
- なお、ババを選んでしまった解答者は失格となり、解答権を失う。
- また、1994年10月の「~秋の祭典」では“ババ抜き8合わせ”として同様のルールで行われた。
- 偉人の発した名言の一部が伏せられているので、そこに当てはまる言葉は何かを答える
- 味の親善大使 さすらいの料理人
- どーんとやっちゃいました!!
優勝賞品を賭けたゲーム
最終問題終了時点で、1番席にいた解答者が優勝となり、ゲームの結果によって商品が授与された。
- それぞれに「ザ・」「ワー」「ル」「ド」(初期)「な」「る」「ほ」「ど」(後期)と書かれたボックスから1つ選ぶ。良い賞品もあればハズレのような賞品もあった。
- ボックス時代とは違い顔人形を選ぶ前に商品が紹介される。赤・青・黄・緑の台の上ある愛川欽也を模した4つの顔人形のうち1つ選び、後頭部を引っ張るとあらかじめ録音した愛川欽也の声で賞品が発表される。
- トランプマンのマジックをからめたゲーム勝負
- 3枚のカードから当たりを選ぶ
- 3つの伏せられたカップから、ボールの入ったものを選ぶ
- 金のコインと銀のコインがそれぞれ左右どちらの手に入っているかを当てる
- 大当たりが旅行券10万円分、ハズレは宝くじ券10枚だった。もし外れた場合は賞品は翌週へ持ち越される。翌週以降で大当たりを出したチームがいれば、その週の賞品に加えそれまでの持ち越しの賞品(最大50万円分)も獲得出来た。
- トランプマンはマジックのテクニックを使って錯誤を誘うため、実質的にトランプマンと優勝チームの心理戦というようなものであった。
- ボウリング
- 代表者1人がキャスターイスに座り、後方の席の人と一緒に協力して何本倒れるかを競うゲーム。倒れた本数×1万円分の旅行券が貰え、10本倒れればさらに10万円分の旅行券追加し計20万円分の旅行券が獲得され、さらに後方の席にも10本倒れれば10万円分の旅行券が貰えた。
- ぶらさがり
- 優勝チーム全員があるテーマに関することを1分以内にどれだけ答えるかを競うゲーム。正答数×1万円分の旅行券が貰え、正答が10個いけば、さらに10万円分の旅行券追加し計20万円分の旅行券が獲得される。
優勝チームへの賞品とは別に、初期は優勝チームを予想した観客、中期は優勝チーム以外のチームを予想した観客(中身は優勝チームと異なる)、後期には(優勝チーム予想が廃止され、)観客全員に旭化成グループの関連商品が贈呈された。
2004年以降の特番のルール
司会は全て爆笑問題の2人が担当。
2004年12月28日放送『復活の祭典スペシャル』のルール
- 解答者席は全部で5つ。オープニングゲームに、トランプマンがシャッフルしたA~5のトランプを選び席順を決定。もちろん、Aが1番席となる。
- 通常の正解でも一気に1番席へ行けるようになっている。ただし、1番席で正解しても何ももらえない。
- 過去のVTRの中からウソを当てる「太田遺産」のコーナーがあり、正解すると上位の席へ移動。不正解は下位の席へ。
- タイの野菜炒めの達人が16年ぶりに登場し、田中裕二が野菜炒めをキャッチできるかどうかのコーナーがあった。予想的中すれば、上位の席へ移動できる上に、達人のタイ料理を食べることができる。さらに、田中がどんな状態になるかを的中すれば、爆笑問題人形を獲得。
- 最終問題の『恋人選び』に正解で優勝。優勝チームは、なるほどボックスに挑戦。ロンドン往復航空券、番組DVDとプレイヤーのセット、食器洗い機などが入っていた。
- 森公美子が中華人民共和国の長角ミャオ族に、風見しんごがタイ王国のカレン・コーヤオ族に再会する感動企画もあった。
2005年5月4日放送『黄金の祭典スペシャル』のルール
基本的には『復活の祭典』とほぼ同じ。違う所は
- 今回も解答者席は、1~5番席まであったが、オープニングゲームはなく、最初の席順は、予め抽選で決定されていた。(と、放送では紹介されていたが、当時のテレビ誌等の予告では、パネラーの身長が高い順だったらしい。)
- 「達人」のコーナーは巨大相撲の達人が登場し、田中がハンデを貰った上で達人と対決して勝つかどうかの予想を行った。
- 優勝チームはトランプマンとのカード勝負(ジョーカーと白紙のカードのうち、ジョーカーを当てる)に挑戦。勝てば往復航空券を獲得。
2005年12月28日のルール
基本的に2005年5月4日の放送と同様、最初の席順はオープニングゲームではなく、事前に決められてた。
- 書き問題以外に、ジェスチャーで行うクイズがあった。
2006年5月2日のルール
- 最初の席順は事前に、トランプマンからトランプを引いてそれに書かれてある数字と同じ席で決められた
- まずは通常の問題を数問実施(今回は、書き問題は無し)。2004年以降の特番同様、どの席で正解しても1番席へ進む。更に今回だけのルールとして、爆笑問題のどちらかの人形を1体獲得した。
- 最終問題前に、過去のVTR30本の中から海外のテレビ局員が最も衝撃的だと選んだVTRはどれかを当てる問題が出題された。初めに1番席から順番に1本ずつ選択していった後(選択できる本数は、先の通常問題で獲得した人形の数+1本)、30位から順番に発表。選んだVTRが全て出てしまったチームから順番に5番席、4番席、・・・と確定、最後まで残ったチームが1番席となった。
- 最終問題の『恋人選び』で1巡目で4・5番席で正解しても2段階しか行けず、2巡目ではどの席からでも正解すれば1番席へ行けて優勝できるというルールになっていた。
番組変遷
- “ひょうきん由美”やみのもんた、いかりや長介(年に1度、「長さんの里帰り」と称してのアフリカリポート)などのリポ-ター陣、トランプマンなどの名物キャラが生まれた。
- 番組改編期には「春秋の祭典なるほど!ザ・ワールドスペシャル」(1983年秋、1984年春)、「FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル」(1984年の秋から1995年の春まで)、「FNS番組対抗!ザ・秋の祭典スペシャル」(1995年秋 「なるほど」は決勝戦にだけ出題した)が放送され、新番組の出演者とフジテレビの人気番組の出演者やフジテレビアナウンサー陣が出演した。なお、これは旭化成提供ではなかった。
- 又、お正月には「新春特番なるほど!ザ・ワールドスペシャル」(1993年まで)または「なるほど!ザ・新春の祭典スペシャル」(1994年、1995年)として放送された(1996年は放送されなかった)。
- 1995年頃には、特別企画としてトランプマンとMr.マリックとのマジック対決が幾度か放送された。
- 1995年1月頃からマンネリ化で徐々に視聴率が低迷し始めたため、同年4月11日にリニューアルし、解答席が6枠まで増え個人戦になり(同時に堂本剛がレギュラー解答者になり、テーマソングも米米CLUBの「JUST MY FRIEND」になった)、解答者の人数が減らすなど大幅にルールを変更したが、これらのリニューアルは概して不評であり、また同時期から裏番組のテレビ東京の開運!なんでも鑑定団の視聴率上昇などの影響で却って更に視聴率が低迷し、1996年3月26日、最終回は「なるほど!ザ・ワールド15年ありがとう!グランドフィナーレ」として3時間半の豪華版で放送され、惜しまれながら15年間の幕を閉じたが、その後、1997年の4月と12月に大復活祭として放送された。1997年4月の放送では特に山形県地方では開局したばかりのさくらんぼテレビで放送され、1993年3月末の山形テレビのANN系列変更に伴っての打ち切りなって以来の放送となり、まさに大きな意味での大復活祭となった。
- 2004年12月28日18:30~20:54に「復活の祭典スペシャル」と称し、7年ぶりに復活した。司会は愛川欽也と楠田枝里子から爆笑問題へとバトンタッチされた(この単発特番以降字幕放送を実施)。
- 2005年5月4日19:00~21:24に「黄金の祭典スペシャル」が放送された。司会は前回同様爆笑問題。
- 2005年12月28日に「年末の祭典スペシャル」が放送された。司会は爆笑問題。解答者の一人の琴欧州が出場した大相撲九州場所に異例の懸賞金で番組宣伝を行った(この試合琴欧州は勝ち、懸賞幕は視聴者にプレゼントされた)。
- 2006年5月2日に「カスペ!」枠で放送。
旭化成の一社提供は水曜21時からの「メトロポリタンジャーニー」(1996年4月~)に引き継がれた。
また、その後の火曜21時枠はドラマ枠になった(新設枠ではなく水曜21時から移動)。
歴代スタジオセット
レギュラー放送時代
- 初代 1981年10月~1990年3月(大きいタイトルロゴと世界地図があった)。
- 2代目 1990年4月~1992年3月(トランプマンの登場に伴い一新。解答席全体が、ワールドフィッシュをモチーフにしたものになっていて、「×」印が目の部分になっていた。これ以降、「×」印の形は、3代目まで、ワールドフィッシュの目の点が取られた形となって残り、番組終了の5代目のセットまで、横にヒレの部分が残った解答者席となった)。
- 3代目 1992年4月~1993年9月(解答席がワールドザウルスの顔になる。2代目のアレンジ)。
- 4代目 1993年10月~1995年3月(解答席がタクシーフィッシュのデザインになり、司会者席がクジラの親子になった。この時に限り、タクシーフィッシュも解答席の数字の色に合わせたものになっていた。3代目まで、司会者席の後方にあったモニターが、解答席の後方部に移動し、大きくなったモニターが設置された。そして、「×」印が目の部分から四角い形に変更された。3代目のアレンジ)。
- 5代目 1995年4月~1996年3月(解答席が6枠まで増える。今まで、1番席は左上で、2番席以降は、右下にあった位置が、この時、1番席が右上に、2番席以降は左下に変わった。解答者席と司会者席、モニター以外は、4代目のセットのほとんどを、モノトーンにしたような感じになっていた)。
初代のセットで、正解した時に光るネオンの色の名残りか、4代目までのセットは、解答席の数字が、そのネオンの色を継承している。
初代~4代目 1番席:赤色、2番席:黄色、3番席:緑色、4番席:青色
5代目 1番席はそのまま赤色であったが、2番席を新たに、オレンジ色とした解答者席を新設する。3番席が黄色、4番席が緑色、5番席が青色、6番席は紫色となった(3番席以降は、4代目までの解答者席の2~4番席の色を、1段階ずつずらしたものになったいた)。
特番用セット
- 初代 1997年4月・12月
- 2代目 2004年12月・2005年5月
歴代タイトルロゴ
1993年10月に番組のスタート以来、初めて番組タイトルロゴを変更したが、1997年4月と12月の大復活祭、2004年12月の復活の祭典スペシャル・2005年5月の黄金の祭典スペシャルでは初代のロゴを使用。ちなみに、初代のタイトルロゴをデザインした人は、山形憲一である。
- 初代 1981年10月~1993年9月
- 2代目 1993年10月~1996年3月(!が正面になる)
ナレーター
ただし、特番時の「春の祭典・秋の祭典」の時の「海外特集」では『ドラゴンボール』の孫悟空役の野沢と『サザエさん』のサザエ役加藤みどりが交互に担当し、それ以外は野沢が担当している。
主な解答者
主な海外(国内)レポーター
歴代番組キャラクター
- 1981年10月~1990年3月までなし
- 1990年4月~1992年3月 ワールドフィッシュ
- 1992年4月~1993年9月 ワールドザウルス
- 1993年10月~1995年3月 タクシーフィッシュ
- 番組キャラクターは、1995年4月に消滅した。
ワールドフィッシュ以降(1995年4月にキャラクターは消滅するが、解答者席やセットなどで用いられているキャラクターを含めると1996年3月の番組終了まで)、キャラクターのデザインは、スチュワート・マスコウィッツ氏が手がけたものである。
ネット
同時ネット
時差ネット
スタッフ
レギュラー時代
2004年以降スペシャル時代
- 構成・田中直人、池田一之、樋口卓治、鈴木おさむ、白川ゆうじ、秋葉高彰、天野慎也、マツピロ
- スタジオ技術・共同テレビジョン
- 照明・FLT
- 海外ロケ技術・J-crew、コスモ・スペース
- 音響効果・古屋ノブマサ、星裕介(4-Legs)
- 編集・掛川高志(麻布プラザ)
- MA・中尾和博(麻布プラザ)
- 美術・井上明裕
- セットデザイン・棈木陽次
- 美術進行・大野恭一郎、伊藤則緒
- 編成・金田耕司、浜野貴敏
- フロアディレクター・杉原裕一
- 制作進行・塩田宮子(コラボレーション)
- 海外プロデューサー・浜田弘、伊藤和美(コラボレーション)、岡村泰雄、星利也(TVBOX)
- ディレクター・折田俊一郎、岡田直也、佐々木繁雄、井上陽史、佐々木貴幸、深代琢也
- 演出・長谷川孝行(コラボレーション)
- 制作プロデューサー・鈴木寿一(コラボレーション)、北尾泰博(TVBOX)、松本明美
- スーパーバイザー・王東順(ドリームワン)
- プロデューサー・坪田譲治
- 制作協力・コラボレーション、TVBOX
- 制作・フジテレビバラエティ制作センター
番組テーマ曲
オープニング
- 1981.10~1992.3「トランプス・ディスコのテーマ」(なるほど!ザ・ワールドのテーマ)トランプス
- 1992.4~1994.3「天国と地獄のテーマ」ジャック・オッフェンバック作曲
- 1994.4~1995.3 「がんばりましょう」SMAP
- 1995.4~1996.3「JUST MY FRIEND」米米CLUB
エンディング
挿入歌
関連項目
外部リンク