オールスター感謝祭      
オールスター感謝祭( オールスターかんしゃさい)は、 TBS系の テレビ局で 1991年から毎年 春( 3月最終週又は 4月第一週)と 秋( 9月最終週又は 10月第一週)の番組改編期の 土曜日に 生放送される、 日本の大型 クイズ番組である。正しい番組名は 『オールスター感謝祭○○ 超豪華!クイズ決定版』(○○にはその年の年号が入る。 2000年秋までは「この春・秋お待たせ特大号」というサブタイトルもあった)。 ハイビジョン制作・双方向対応番組 司会者
メイン(マイクの色)
放送開始当初より、以下の2人である。
レポーター
基本的にTBSテレビアナウンサーが担当している。
過去に担当していたレポーター
実況
過去
これまでの代理司会者
放映時間
当初の放送時間は21:00~23:54の3時間だったが、1992年秋以降、19:00開始の5時間になり、その後、1993年春から18:30開始の約5時間30分(日本時間の18:30~23:48)となって現在に至る。なお再放送のときは、主にコーナーものを中心として3時間から3時間30分に再編集して放送される。
再放送の時
- 1997年春 3時間半
- 1997年秋 4時間
- 1998年春 3時間半
- 1998年秋 4時間
- 1999年春 3時間半
- 1999年秋 4時間半(北海道地区は5時間)
- 2001年春 3時間
- 2001年秋 3時間半
- 2002年春 3時間
- 2002年秋 3時間25分
- 2003年春 3時間
- 2003年秋 3時間15分
- 2004年春 2時間半
- 2004年秋 3時間(北海道地区では初の日曜日)
- 2005年秋 3時間半
- 2006年春 3時間(北海道地区では初の土曜日)
番組概要
ルール
毎回200人の芸能人・著名人が解答者として参加し(特に渡辺正行のみ2006年春現在で唯一の皆勤である)、早押し多者択一クイズを展開する。不正解ならその時点で失格となる他、1問ごとに正解者の中で、最も遅く押した人も失格(番組では「予選落ち」と呼ぶ)になる。そのため、早押しのスピードも勝敗の鍵を握る(1問毎に遅く押した人の下位10名の名前が発表される)。
問題の出題傾向としては、政治、経済、社会、芸能、音楽、スポーツなど様々な分野におけるタイムリーな出来事をもとにしたものがほとんど(例えばオリンピックなどの大規模なスポーツ大会が最近に行なわれていればそれに関する問題が出る)で、正解を2択~6択から1つを選ぶ形式である(稀に正解が2つ以上ある問題も出題される)。その他、予想問題や、番組イベントに絡んだ100万円山分けクイズ(数択から1つ選んで、予想的中者それぞれに100万円を頭分けした賞金を与える)というものもある。問題によっては、山分けされる賞金額が50万円や25万円の場合もある。
また、初期の頃は通常の4択問題が多かったが、近年は解答画面等で映像を用いる問題が増え、解答者をひっかける形式の問題も多用するなど出題のバリエーションが多岐にわたっている。
- ボタンの色
- 1997年春まで「赤・緑・青・黄」
- 1997年秋から2005年秋まで「赤・青・黄・緑・オレンジ・ピンク」
- 2006年春から「青・赤・緑・黄・オレンジ・ピンク」
- ※地上デジタル放送の双方向参加の視聴者は、4択はカラーボタンの「青・赤・緑・黄」、6択は数字キーの「1・2・3・4・5・6」
- これまでのピリオド数
- 1997年春 全13ピリオド
- 1997年秋 全18ピリオド(第2ピリオドは全員復活)
- 1998年春 全13ピリオド
- 1998年秋 全15ピリオド(第8ピリオドは全員復活)
- 1999年春 全17ピリオド
- 1999年秋 全16ピリオド(第10ピリオドは全員復活)
- 2000年春 全10ピリオド(第1ピリオドは全員復活)
- 2000年秋 全11ピリオド(第8ピリオドは全員復活)
- 2001年春 全14ピリオド(第4ピリオドは全員復活)
- 2001年秋 全13ピリオド(第5ピリオドは全員復活)
- 2002年春 全16ピリオド
- 2002年秋 全18ピリオド
- 2003年春 全14ピリオド
- 2003年秋 全13ピリオド
- 2004年春 全14ピリオド
- 2004年秋 全12ピリオド(第4ピリオドは全員復活)
- 2005年春 全13ピリオド(第4ピリオドは全員復活)
- 2005年秋 全10ピリオド
- 2006年春 全12ピリオド
クイズは、適当なPeriod(ピリオド)に区切って出題される。解答するには、各参加者の前に置かれている「キーパッド」と呼ばれる1~6までのボタンと液晶画面がついた端末を操作する。正解が2つ以上ある問題は全ての正解を選んでいないと失格となる。全てのキーパッドはクイズを管理するコンピュータに接続され、参加者全員がどの選択肢をどのタイミングで押したかが100分の1秒単位で把握できるようになっている。各ピリオドの最終問題(「ラスト問題」と呼ばれる)の正解者のうち一番早く押した人が、そのピリオドのチャンピオンとなり、まず賞金25万円を獲得する。ただし、どこでラスト問題が出題されるかは解答者には伝えられず、解答終了後に鐘が鳴ることで初めてラスト問題であることを告げられる。さらに各ピリオドの問題数は1問~十数問と幅が広いため、ラスト問題を当てることは事実上不可能といえる。ただし後述のイベントの結果予想などをを1つのピリオドとする場合などは予選何組から決勝までわかるためこのような場合はラスト問題を当てることは可能である(というよりこのような場合考えすぎると確実に紳助にツッコまれる)。選択肢もあらかじめわかっているので、0.01秒を狙うのが常識である。
なお、ラスト問題でなくても、正解者が1人もしくは2人(「予選落ち」により残りが1人になる)であった場合は、その問題でピリオドのチャンピオンが決まる。かつては正解者が1人でも問題が続行された。
チャンピオン決定後、ボーナスクイズとして制限時間15秒の4択並び替え問題(通常問題では番号1~6だが、ボーナスクイズの並び替えだけはABCDになっている。キーパットの1~4のボタンがそれぞれA~Dに対応している)が出場者全員に対して出題される。そこでチャンピオンが正解すれば、更に25万円(合わせて50万円)を獲得できる。不正解の場合は、ボーナスクイズに参加した者の中で、そのクイズに正解した人たちに25万円が等分して与えられる。また、過去一問だけボーナスクイズの選択肢がA~Eの5つになり、制限時間が20秒になったことがある。
なお、ラスト問題までに正解者が1人もいなくなったり、ボーナスクイズの正解者が1人もいなかった場合、与えられなかった賞金は次のピリオドに持ち越しになる(「キャリーオーバー」と呼ばれる)。これは数回に1回程度ある。(主に途中で大幅に失格者がでたりしたピリオドなどに多い)キャリーオーバーした(次の)ピリオドの賞金は原則として50万円(ボーナスクイズの賞金も50万円)となるが、例えば以前の休憩タイム明けのように、既に50万円として実施されたピリオドでこの事態が発生すると75万円になる可能性もあるが、過去に例はない。
これを約5時間30分かけて何回も繰り返し、最終的に正解ポイントと早押しのトータル時間を元に総合順位が決定される(まず正解ポイントの多い人、次に解答所要時間のトータルが短い人に高い順位が与えられる)。
なお、マラソンなどのイベントに参加した人は、そのイベントの成績に応じて正解ポイントが加算される。以前はこの制度がなく、イベント参加組はその準備をするにあたり、解答できるチャンスが少なくなっていた。だからチャンピオンになれる可能性も必然的に低くなり、これでは「不公平だ」ということで、2003年春の回からイベントの成績に応じた正解ポイント加算制度が生まれた。また、会場移動中のバス車内でも携帯キーパットで解答できるようになり、不公平感は埋まった。
この番組独特のルールはこれまで数々のドラマを生んできた。内山信二やガッツ石松など普通のクイズ番組でビリばかりの芸能人がチャンピオンになることもある。最近の傾向としてヤマを張って問題が出題されたとたんにボタンを押したほうがチャンピオンになりやすいとも言われ、過去にも2秒台や7秒台でチャンピオンになることもあれば0秒台でも予選落ちすることもあった。また、4人同時に予選落ちしたこともあった(詳しくは後述)。過去最多の同時予選落ちは6人(2000年春、ピリオド10、1問目)。
総合順位による賞品・賞金
最終総合順位のトップ10に入るとクイズやイベントで獲得した賞金とは別に賞品・賞品が出る。
- 優勝:300万円相当の豪華賞品
- 2位:賞金100万円
- 3位:賞金50万円
- 4位:賞金30万円
- 5位:賞金20万円
- 6位~10位:賞金10万円
これまでに総合優勝者に贈られた賞品は、個人戦開始時から1997年秋までは賞金200万円、1998年春・秋は「新潟県湯沢のリゾートマンション1部屋」、1999年春~2000年春までは豪華海外旅行や高級腕時計、2000年秋から2004年春までは金貨300万円分など豪華なものが多いが、中にはちょっとユニークな物が賞品になったりする事もあった。
2004年秋の感謝祭では、アテネオリンピックの開催年だったことにちなんで300万円分の純金を使った番組特製金メダルが賞品として出た。2005年春はプラズマテレビなどの家電セット・別荘・焼肉チェーン叙々苑食事券の中から1つ選べた。2006年春では、30回記念にちなみ旅行30泊・高級中華料理30食・高級車とガソリン満タン30回から選べた。
以前は、100位や150位などに飛び賞が設けられていた。また最下位の人にも図鑑などの学習関係の賞品がもらえたが、両方とも廃止された。
ちなみに、2006年春までに、TBSが出演者のギャラとは別に、「賞金」として贈った額は『4億5千万以上』と言われており、(トータルで)一番多い賞金を持ち帰った芸能人は薬丸裕英で、720万円以上持ち帰っている。他には岡江久美子や白石美帆も多いことで知られている。
最初は
200位~11位までの発表(1997年秋は賞金ランキングのため138位タイ(同率138位の63人は破産者)~4位まで(特別ボーナスをもらえるのは上位3名であった為、そのまんま東は第4位賞金67万1228円で特別ボーナスを逃した)、2000年春は時間の都合でベスト10のみ発表、2001年春・2001年秋・2002年秋は100位~11位まで発表、2002年春・2003年春は50位~11位まで発表、2003年秋は150位から11位まで発表)
特徴
生放送ゆえに、コンピュータのトラブルで問題VTRが出遅れたり(全てが出題コンピュータシステムに連動しているわけではなく、VTR等は通常のサブ送出なので、当然人的なエラーも発生する)、問題が止まる、差し変わる、表示されないということが多々ある。特に、出演者が解答に用いるキーパッドは水に弱く、もしその1つでも故障するとクイズ全体が止まってしまうため、飲食は隣のAスタジオですることになっている。紳助が15分間の休憩時間の前に出場者に対し、「絶対に食べ物・飲み物はスタジオ内に持ち込まないで下さい」と告知する(橋田壽賀子を筆頭に渡る世間は鬼ばかりのメンバーが出場する際には、橋田が大量の弁当を持ち込むものの、水分を含むものは持ち込んでいない)。過去には、放送中の1時間ほど問題が出ないというトラブルもあった。司会者である紳助は、この間フリートークで凌いだ。なお、どうしてもクイズが進行不能に陥った非常事態に対応するため、出演者によるカラオケ大会用のセットが、いつでも使用・放送が可能な状態で放送中スタンバイされている。なお紳助によると、もし万が一水をこぼしたりして壊した場合は事務所もろともTBSに向こう30年間出入り禁止となるらしい。
このクイズ形式の欠点は「カンニングしやすい」ことである。大声で周りに答えを教えあうために1ヶ所にたくさん固まったり、逆に不正解で教えた人間の周り全員が座ってしまうことが多発したため(マルシア、坂田利夫など)、1996年春からは監視カメラ(通称飯島愛カメラ)が導入された。が、現在は、ある程度のカンニングが認められており、教えあう声をマイクが拾う場合もある(このような現象もこの番組ならではである)。そのため、特に芸人に多いが、徒党を組むため、上位層は芸人で占められる場合が多い。このようなキーパッドをもちいた解答形式は、感謝祭だけではなく、過去には「ムーブ・テレビ進学塾」や「ブレインサバイバー」でも使用されている(システムは別のもの)。
また、200人もの出演者がいることから、5時間半の放送中ずっとスタジオにいても殆ど顔が映ることなくエンディングを迎える出演者も少なくない。その為、布川敏和に代表される「わざと予選落ちをして(限りなく9.99秒に近いタイムで回答する)カメラに映ろうとする出演者」も少なくない。ちなみにその布川は1回の放送で7回予選落ちという金字塔を打ち立てたことがある。なお、グラビアアイドルなど、カメラマンが積極的に映す芸能人もいる。番組内には、ミニマラソン、ミニ駅伝、相撲大会といったスポーツ系のゲームも行われる。これについては、「後述の番組で誕生した大会(企画)」を参照。
番組中には休憩タイムが15分間(12分間の回もあった)用意されている(2005年秋は約18分)。かつては「何分がいいか」というアンケートを取っていたこともあるが、その選択肢には「ずっと」というものもあった。休憩はミニマラソンの後になることが多い。参加した芸能人は、別のスタジオ(Aスタジオ)で食事を取ることができる。初期の頃は、アマンドのサンドイッチや焼肉弁当の出前を取る方式だったが、俗に言われる「アマンドいたずら電話事件」(下記#感謝祭・珍事件簿参照)が起こった為、局自前で料理を提供するようになり、次第にお寿司などの高級料理が並ぶようになった。その後、周富徳を筆頭に「周三兄弟」が出場している際には、彼らが料理を振舞うようになり、後には道場六三郎、佐野実などの有名料理人の特製料理が堪能できるスタイルとなった。現在でも、全国に名の知れた名店の料理が並んでいる。また1997年秋には食べると5万円取られる「キャッチ・キャビア・バー」なるものもあった。最近は、プリクラやゲームなどのアトラクションも設置。なお、休憩タイム中は、休憩の様子と番組宣伝の二分割画面が流れる。しかし芸能人は時間にルーズな人が多いのか、休憩タイムが終わっても戻ってくる人が少なく、そのため対策としてブザーと同時にクイズ開始、賞金も50万円にアップしたことがあった。現在では後半戦の見所を告知したあとにCMが挿入され、中国雑技団などのサーカスからのスタートとなっている。多くのタレントが席についているが、それでも開始後にまだ食事をしていたり、煙草を吸いながら雑談している出場者も見受けられる(演技中はスタジオに入ることが出来ないため、席につき損ねた出場者はどこかで暇を潰さなければならない)。
番組中盤には、JNNニュースが約3分間挿入される(休憩時の番組宣伝後)。通常、TBSでのニュースは、Nスタジオから放送されるが、この番組内でのみ、生放送中のBスタジオにキャスターが登場し、そこから放送される。但し2003年春はイラク戦争が当時の中心的ニュースであった為、2006年春においてはセットの大道具入れ替え作業を行う必要があったためと、当時捜査中だった神奈川県川崎市でのマンションに於ける無差別連続殺人・殺人未遂事件に大きな動き(当日の午後に容疑者が身柄確保された)があった為、報道局Nスタジオから放送となった。
2006年春では、この順番と異なっており、サーカス→ニュース→休憩と逆の順番になっていた。
問題出題や早押しワースト10などの時のBGM(早押しワースト10のものはテレビ朝日系「世界忍者戦ジライヤ」劇伴より流用、各種ランキング発表時のものは宍戸留美「恋はマケテラレネーション」のインスト(同曲が主題歌のOVA「KO世紀ビースト三獣士」劇伴)を使用)と「オールスター感謝祭」の文字の番組タイトルロゴは当初からかわらず使用されている。
なお、18歳未満の出場者は労働基準法に従い、22時までの参加となる(22時以降は席にその人の写真パネルが置かれる。このパネルは、他の仕事などで途中参加や途中退場となる出場者にも置かれる。)。
番組キャラクターは2002年秋?から変わっていない(このキャラクターは後に紳助司会の「島田検定SUPER!!」でも使われた、2002年春?以前は毎回違うキャラクターだった)。名前はピテカンブラザーズ。
歴史
この番組は、わずか半年で終了した視聴者参加クイズ番組『クイズ!当たって25%』(1991年10月17日 - 1992年3月26日放送)が原点になっている(ただし第1回はレギュラー放送の『クイズ!当たって25%』より前に放送している)。この番組フォーマット自体はイギリスのCelador Productionsが開発したものであり、感謝祭でも使われる「Ready Go!」や「Answer Check!」などのコールはその番組フォーマットを踏襲した物と見られる。「クイズ$ミリオネア」などの海外クイズ番組フォーマット導入のハシリといえるだろう(「クイズ$ミリオネア」の番組フォーマットもCelador Productionsが開発している)。
出題および回答のコンピューターシステム自体はTBS側が国内企業(テクノネット)に依頼し、日本仕様に独自開発したものである。選択ボタンの増加やタッチパネルの導入、複数回答・移動体通信での解答への対応など、随時バージョンアップされている。このクイズのシステムは、その後はじまった地上デジタル放送、BSデジタル放送の双方向サービスの基礎ともいえる。
変遷
- 1991年6月28日、「金曜テレビの星!」にて前身番組「クイズ!当たって25%」が放送された。司会は島田紳助と草野仁。
- 1991年秋、初回が生放送された(1994年秋までは旧社屋Gスタジオでおこなわれ、1995年春以降は現社屋Bスタジオにておこなわれている)。
- 1992年春、地方局のアナウンサーが「JNNアナウンサーチーム」として参加した。
- 1996年春、カンニング対策として監視カメラ(飯島愛カメラ)が導入された。
- 1997年秋、これまで4択までしか対応出来なかったキーパッドが、現行の6択までに対応、液晶画面のタッチパネルで数字等も入力可能な仕様に変更される。これを記念して、特殊なシステム(100万円からの減額方式)での大会が行われた。この大会ではピリオドで不正解・予選落ち及びミニマラソンなどのイベントスタンバイ中でクイズに参加できない解答者の所持金が1問につき2万円減額され、所持金が0円になると以降のクイズに参加できないルールだった。またボーナスクイズがなかった(並べ替え問題は、通常の問題と併せてピリオド内で出題された)。ミニマラソンなどの賞金もイベントスタンバイ中の1問につき2万円減額が適用されているため、せっかく上位入賞しても実際もらえる賞金が相殺されるケースもあった。この回のみ総合成績も、正解数や解答速度ではなく、獲得賞金額によって順位付けされ、総合上位への賞金・賞品も、上位3名にボーナス賞金という名目で今回獲得した賞金に上乗せされる形を取った。
- 1997年、1度だけ大晦日に年末特番が放送された。通常とは異なり、150名参加・1チーム25名の6チーム対抗戦、イベントを殆ど行わない代わりにチーム同士で副賞争奪クイズを行う等、『クイズ!当たって25%』に近いフォーマットで行われた。ちなみに第1問は、当日直前まで生放送で放送していた『嗚呼!バラ色の珍生!!』(日本テレビ系)の収録スタジオからオールスター感謝祭の収録スタジオまでの紳助の移動が午後9時2分(放送開始は午後9時)までに間に合うか否かを予想するクイズであった。
- 1999年春、和歌子が「Riskyデビュープロジェクト」参加のため(ドッキリ)、エイベックスに移動し司会から離れた。そのため、その間の代理司会をTBSアナウンサー(当時)である進藤晶子が務めた。その他安岡力也、チャック・ウィルソンらも司会を務めた。
- 2001年春、携帯電話を通じ、一般視聴者もクイズに参加できるようになった。開始当初は1,000人だった。
- 2002年秋から、「早押しワースト10」発表画面や紳助の絵などのCGがリニューアル。
- 2003年春、紳助がF1レース出走のため西川きよしが代理司会を担当した。またこの回は第2回(1992年春)以来、地方局アナウンサー(佐々木瞳・TUYアナウンサーと中野知美・TUFアナウンサー)が出場。一部の解答者がマラソンなどのイベント参加で順位が下がるデメリットを解消する為、参加および上位入賞すれば答えたポイントが加算するルールが追加された。(F1(モトクロス・トライアスロン)、駅伝で優勝すれば10問分のポイント・マラソンで優勝すれば15問分のポイントが加算する。)
- 2004年春、「ボウリング(イベント)」が開始された。
- 2004年秋、TBS放送センター前が赤坂再開発により空いていたことから紳助の要望で「モトクロス選手権(イベント)」が行われた。紳助は決勝戦にて参加をしたため、その間の代理司会を武田鉄矢が務めた。そのイベントで紳助は1位となり、司会者ながらも賞金20万円を獲得。後、司会に戻り、自分で企画して優勝することについて「大橋巨泉のゴルフコンペのようだった」と語った。ちなみにこの時の総合優勝者は渡辺正行。第1回から参加していた皆勤賞の渡辺は27回目の出場にして初めて総合優勝の栄冠を掴んだ。
- 2005年春、解答者にアテネ五輪日本代表などスポーツ選手が多く参加。また、TBSテレビ開局50周年を記念し、TBSテレビの看板番組「風雲!たけし城」が復活した。2003年春からミニゲームポイント加算ルールを新設して初めてマラソン・駅伝に参加し、そこで獲得したポイントを利用した谷川真理が優勝した。
- 2005年秋、オールスター感謝祭視聴者のすべてが携帯クイズに参加できる形式への変更に伴い、実質上の規模縮小(クイズ解答からイベント予想へ)。またこの回ではこれまで常連だった一部の出演者や秋から始まる新ドラマの主役がほとんど出演しておらず、その分を芸人で埋めていたと思われ、逆に他局の「エンタの神様」(日本テレビ系)、「登龍門ヒットパレード」(フジテレビ系)といったお笑い番組がこの日に放送出来なくなり影響を受けた。実際、各ピリオドのチャンピオンも10回中8回がお笑い芸人で占めていた。
- 2006年春、地上デジタル放送のデータ放送およびワンセグ放送の双方向機能を利用して、より簡単に視聴者がクイズに参加できるようになった。これに伴いスタジオの1/A~4/Dのボタンの色が従来の「赤・青・黄・緑」からデジタル放送受信機のリモコンと同じ「青・赤・緑・黄」の順に変更された(6択問題はスタジオでは上記4つのボタンにさらにオレンジ・ピンクのボタンを、視聴者はリモコンの「1」~「6」の数字キーを使って解答する)。問題数と正解数、さらには解答秒数がカウントされるシステムになっている(一部機能はBS-iで放送されていた「TIME OVER]に準拠している)。しかし、ボタンを連打しても早いタイムが出にくいのと、ピリオドの間にチャンネルを変えると正解数がリセットされるなどの不備もあった(これは他局のBSデジタル放送の双方向番組の一部でも同様のケースがあった)。なお、今回のマラソンと駅伝はTBSのカメラマンの他、JNN各局(HBCなど12局)の技術協力を元に各局カメラマンも撮影に協力した。
番組で誕生した大会(企画)
赤坂5丁目ミニマラソン
視聴者の間では「もうこの企画をしない限り『オールスター』をやったとは言わせない」とも言われる名物企画。1993年春にスタート。難関はTBS放送センター正面玄関横からAスタジオに入れる大道具搬入口へ続く、傾斜のきつい二段坂となっている「心臓破りの坂」で別名はTBS・赤坂ハートブレイクヒルと呼ばれている。昔は2周勝負だったが、現在は3周で行われる。開始当初から原則としてTBS敷地外の公道上は歩道を走る事が原則となっていたが、2004年から警視庁赤坂警察署の協力により公道を交通規制し、車道を走ることが可能になった。2005年秋からはTBS赤坂5丁目再開発事業の工事が本格化し、コースに使用する道路に通行止め箇所が多く出てきたことから、TBS放送センター完成・局舎移転に伴うコース変更、「ジミー大西狙撃事件」(後述)に伴うTBS敷地内主体コースへの変更以来3回目となる大がかりなコース変更が行われた。
レースはハンデ戦となっており、一般女子、一般男子、過去の成績優秀者、過去の優勝者とアスリート、そのまんま東、谷川真理、森脇健児などの芸能人マラソンランナー、『プロ』のランナー(現役・世界クラスのマラソンランナー)の順に時間を空けながらスタートしていく(当初は上岡龍太郎がハンデを決める役割を担っていたが、現在は前もってスタッフ打ち合わせにて決められている)。過去の『プロ』にはリディア・シモン、2002年秋にはルミニツァ・タルポシュ2004年秋にはメセレト・デファル(2004年アテネ五輪 女子5000m金メダリスト)、2005年春・秋にはバンデルレイ・デ・リマ(2004年アテネ五輪 男子マラソン銅メダリスト)、2006年春にはエリック・ワイナイナ(1996年アトランタ五輪 男子マラソン・銅、2000年シドニー五輪 男子マラソン・銀)などが参加。しかし、プロのランナーは一般女子がスタートしてから最低でも2分30秒以上経たないとスタートできないということもあり、ノーマークの芸能人が優勝する波乱も少なくない。1994年秋では最低人気の野々村真が優勝し、さらに1999年秋の大会ではTBSのドラマ3年B組金八先生にも大森巡査役として出演している鈴木正幸が優勝したために、ボーナスクイズの順位予想では的中ゼロ、100万円山分けクイズの賞金がパーになるという大波乱となった。また2003年秋の大会では番組史上初ハンデが間違えた、それは寺門ジモンと畑山隆則が不参加のため2本線を付けた。また2005年秋の大会でバンデルレイ・デ・リマが優勝した時、正解者は過去最多人数116人、配当は1万円を切ってしまいたったの8,620円となった。また2006年春の大会でエリック・ワイナイナが優勝した時、タイムは20分05秒だった。ちなみに距離は4.1kmだった。
ちなみに、1993年秋までは芸能人ではなく芸能人のマネージャーが走っており、太ったマネージャーには「エレベーター使用可」などの特別ルールが与えられていた。また、以前はキーパットアンケートで走りたい人の中から抽選で4人選ぶ形をとっていたが、97年春の大会から走りたいに押した人は原則全員参加することになった(原則というのは、例えば年齢的に走るのが難しい人などが間違えて押しても、除外される)。
現在は100万円山分けクイズで優勝選手を当てる形式であるが、97年ごろまではボーナスクイズの一つで出場選手4人の順位を順序良く当てるものだった。駅伝も同じ形式だった。
2005年春からは、地元の商店や企業などが主催する「赤坂春まつり」のイベントの一つとして位置づけられ、当日は一ツ木通り自体が歩行者天国になることから、大がかりな交通規制が可能となり、2005年秋には放送当日の日中に一般からの参加者を募り、ほぼ同じコース(TBS社屋内を除くエリア)を使って市民マラソン大会(赤坂チャレンジマラソン)が開催されるなど、赤坂五丁目ミニマラソンは地域ぐるみの一大イベントとなっている。
賞金と正解ポイント
| 1位 | 50万円 15問分の正解ポイント
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| 2位 | 40万円 12問分の正解ポイント
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| 3位 | 30万円 10問分の正解ポイント
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| 4位 | 20万円 8問分の正解ポイント
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| 5位 | 10万円 6問分の正解ポイント
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| 6~10位 | 5万円 4問分の正解ポイント
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| 11位以下の完走者 | 1万円 3問分の正解ポイント
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赤坂5丁目ミニ駅伝
マラソンコースを使って行うこの駅伝大会。1995年秋にスタート。1周走って襷を繋ぐ。この駅伝とマラソンの両大会は、実況に初田啓介アナが担当している(過去には松下賢次アナ、林正浩アナ、鈴木史朗が実況を担当)。
開始当初は番組対抗だったが、1996年秋に2人1組の4番組の対抗戦となり、1998年秋には5人1組の2チームの対抗戦。一旦は消滅したが、2000年秋・2001年秋~2003年春に復活した。復活当初は3人1組のA~Dチームの対抗戦(各チームのキャプテンをマラソンの上位4名が務めた。)、2003年秋から年齢別駅伝となり、当初は20代・30代・40代・50代の4チーム、2004年春は10代・20代・30代・40代・50代の5チーム、2004年秋は10代・20代男子・20代女子・30代・40代・50代の6チーム、2005年春からは10代20代(混合)・30代・40代・50代の4チームになった。ただチーム人数は2000年秋から変わらず3人1組になっている。
大体のメンバーがマラソンに続いて参加している。
短距離走→スプリンターズステークス
マラソンが苦手な芸能人を対象に行われた大会。1994年秋の第1回は、出場者への事前告知なしに、傾斜のきつい坂道「ハートブレイクヒル」を登る短距離走だったため、出場者からブーイングが起こった。1995年春からはTBS旧社屋跡地にコースを造って行われた。その第1回に出場した相楽晴子は、「後ろにお巡りさんがいないと走れない」と言ったため、春の大会では、お巡りさん(の紛争をしたエキストラ)に追いかけられながら走ったが、結局レベルの高さに屈してしまい敗れる。1999年春からは舞台を大井競馬場に移し、ゲートの中からダートコース100 mを疾走した。さらにタイム上位の選手8人は、サラブレッド(的場文男騎手騎乗)と対決するレース、「人馬対決マイルチャンピオンシップ」に出場できた。なお2000年春はスプリンターズステークスを行わず、事前に選抜された選手8名で人馬対決マイルチャンピオンシップが行われている。2001年春以降は短距離走自体が開催されていない。
水泳大会
1994年春~2000年春に、TBS放送センターの隣にある赤坂パークビルヂングにあるスポーツクラブのプールを貸切り開催された大会。井上晴美や梶原真弓等の女性が得意としていた。実況は小林豊アナが担当した。現在は行われていない。
大サーカス
休憩の次のピリオド前に行われるパフォーマンスショウ。毎回有名サーカス団や雑技団を呼び、参加者の目の前で開催する「超人達のテクニック」に拍手喝采は必至。テクニックに圧巻され忘れられがちだが、このパフォーマンス自体もクイズの一つとなっており、パフォーマンス中の様々な部分がクイズとして出題される。
その他
- 大相撲 赤坂場所
- 全盛期にはマラソン、水泳と並ぶ人気コーナー。1993年秋にスタート。当初は4人のトーナメント戦だったが、1994年秋からは(横綱といわれる)チャック・ウィルソンと藤原組長の2人のガチンコマッチに変更された(当時のコーナー名は「大相撲Gスタ場所」で、1995年春からは「大相撲Bスタ場所」)。行司は、1994年秋までは蔵間龍也、1995年春~1998年は桂邦彦プロデューサー。このコーナーは1999年頃から休止していたが、2006年春、放送30回を記念して復活した。なおこのときは土俵の上にローションが塗られており、ギャグ調になっていた。優勝者は次長課長の河本準一で行司は西川きよし。間寛平は2006年秋に次回を希望しており、また、エンドロール時に紳助本人からも次回もやると宣言していたので、続くと思われる。表彰の際、行司・西川は優勝賞金20万円を500万円と言った。
- 綱引き
- 綱引きの女子世界チャンピオンである大分コスモレディースTCが登場する綱引き。なお、2004年秋より「(プロレスラーを大勢入れても毎回タレントチームが負けているため)コスモレディースの勝ちがみえみえ」なことから、お笑い芸人「東」・「西」に分け戦った。
- やけくそマラソン
- 1997年秋の大会及び1998年春の大会で実施。1997年秋・春とも番組最後のコーナーであり、番組終了10分前前後から番組終了にかけて行われた。コースは1997年秋・1998年春共に心臓破りの坂の頂上からスタートし坂を下り、スモールハットを折り返して坂を上り、Bスタに戻るという形式。優勝賞金は50万円。男女別に3位まで賞金があり、4位以下の選手も番組終了までに帰ってくれば1万円がもらえた。出場資格は1997年秋は賞金がゼロになってしまった解答者、1998年春は賞金が1万円以下の解答者。
- ボウリング
- 2004年春の放送で出演者の救済処置として実施。山口もえ、桂三枝、西川きよしが登場し、1回ずつ行い、ストライクを出せば賞金があたり、ストライクを出せなかった場合は3つの部屋に入り、罰を受けるというものだった。同時に、山分けクイズも行った。結局、3人ともストライクを出せず、罰を受けることに。桂三枝と西川きよしは水が落ちる部屋に入り、水を浴びることに。山口もえの部屋には、枯葉が落ちてきた。
- F1グランプリ
- 2003年春秋・2004年春に行われた。実際はカートを使用する。女性限定だが毎回男性(その中間LINK)も参加したがる(もちろん却下)。コースはミニマラソンコースの一部を使用して行われ、各予選レース1位の選手が特別招待選手が出場する決勝戦に進出できた。特別招待選手は2003年春が島田紳助、2003年秋が土屋圭市、2004年春が片山右京であった。
- モトクロス選手権
- 再開発工事に伴い土砂となっていた旧社屋跡地にて2005年春秋ともに開催。特製のモトクロスバイクに乗り特設コースを2周する形で行われた。このイベントは男女関係なく参加できたが、体重の軽い女性が有利で、特に岩佐真悠子は2回とも上位入賞を果たしている。なお、優勝は司会の島田紳助(2005年春・シード)、保阪尚希(2005年秋)であった。
- 風雲!たけし城
- かつて高視聴率を誇った伝説の番組「風雲!たけし城」が2005年の春、一夜限りで復活。「竜神池」と「ジブラルタル海峡」の2種目を当時の雰囲気そのままに再現した。攻撃軍隊長・谷隼人やたけし軍団も登場した。成功・失敗関係なく参加ポイントがなかった。また「竜神池」の攻略した人には賞金もなかった。
- 赤坂五丁目ミニトライアスロン
- 2005年秋にて、「水泳(ばた足)」・「マラソン(ミニマラソンに似たコース)」・「自転車(三輪車)」を組み合わせ行われたミニトライアスロンコーナー。赤坂5丁目ミニマラソンと同じコースを1周回る。下記の赤坂5丁目再開発により代わりとされたコーナー。なお、「斉藤慶太などによる不正(三輪車でこがなければならないところを、立って押して走った)があった」が、「説明不足だった」とし、不正としなかった。これとは違うスタイルだが、1998年に水泳→ミニマラソン→自転車の3人リレー方式でミニトライアスロンが開催されている。
- カーリング
- 2005年秋には氷の代わりにローションを撒いて滑りやすくした為お笑い要素が強かったが、2006年春にトリノオリンピックの再現として登場。製作スタッフが数日前から本格的に(水から凍らすなどして)コースを作ったため制作費が予想以上にかかったらしく、「100万円山分けクイズ」であるはずが「25万円山分けクイズ」に減額されていた。なお、イマイチ盛り上がりに欠けたため次回からのカーリングはない見込み。“カローリング”と呼ばれる陸上版のカーリングのようなものが用いられた回もある。
- リュージュ選手権
- 上記カーリング同様、2006年春のトリノオリンピックの再現として登場。心臓破りの坂を利用し、ローラーの付いた特製そり?で競った。女性限定とされたが、永田祐志・マイケル・阿藤快・波田陽区・前田健(早押し順)が参加を表明(もちろん却下)。なかやまきんに君をはじめとする筋力自慢がリュージュを押す係として登場した。結局、リュージュの操作能力よりリュージュを押す人の力が重要視とされ、なかやまきんに君(の押す娘)に人気が集中。結果も、同じようなものとなった。
※なお、TBS旧社屋跡地は、現在TBS赤坂5丁目再開発の工事が本格化し、番組での使用がもう出来ないため、今後マラソン・自転車・F1以外の外系イベントが大幅に減るものと思われる。
番組中に使用されているBGM
- オールスター感謝祭説明(第1Period終了後、総合成績の賞金・賞品紹介)時
- 予選落ち(ワースト10)公表時
- 渦まく妖気(世界忍者戦ジライヤオリジナルサントラ、ANIMEX 1200シリーズ51等 収録)
- ::同曲について番組中では、同曲冒頭のみ(、加工して)利用している。
- ::同曲について番組中では、同曲冒頭のみ利用している。
- ボーナスクイズ『正解』時
- マラソンや駅伝などの企画参加アンケートの提示時
- ラブ・イズ・マケテラレネーションⅠ~アクション・インストゥルメンタル~(KO世紀ビースト三獣士オリジナルサントラ収録)
- ::上記曲は「恋はマケテラレネーション(宍戸留美)」の編曲ヴァージョンにあたり、また、同曲の番組使用中はメロディが消されている。
- スピードもの(F1、モトクロスなど)のインタビュー時
- マラソン時
- 室(スタジオ)内企画大道具出し入れ時
- 表彰時
- ギャンブルタイム正解表示時
- 魔法(アニメ三銃士イメージソング、麻田華子コレクションCD?・シングルCD等 収録)
- ::同曲について番組中では、同曲冒頭および最後の部分を利用している。
- 休憩タイム(出演者・衣装などのテロップがスクロール)時
過去のチャンピオン
- 1990年代
- 2000年代
各種記録
- 最多出場 - 30回…渡辺正行(唯一の皆勤)
- 最多優勝回数 - 3回…そのまんま東(1994年秋・1997年春・1997年年末特番)
- 最年少優勝記録 - 18歳158日…長谷川純(2004年春)
- 通算獲得賞金1位 - およそ720万円以上…薬丸裕英
- 予選落ち最速タイム - 0.31秒…香田晋(2005年春 Period13 第7問)
- 1回の放送での予選落ち最多記録 - 7回※…布川敏和(1996年春)
- ※放送で紳助は「6回予選落ち」と言っていたが、実際は最初の予選落ちは複数の解答者が予選落ちして、しかも布川以外の予選落ちした解答者にスポットが当たっていたためにカウントし忘れていた。
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オープニング映像
- 1997年秋 遊園地
- 1998年春 ラスベガス
- 1998年秋 カートレース
- 1999年春 怪獣
- 1999年秋 サンバ
- 2000年春 宇宙旅行
- 2000年秋 クイズ対決
- 2001年春 野球
- 2001年秋 マジックショー
- 2002年春 運動会
- 2002年秋 サッカー
- 2003年春 F1
- 2003年秋 100mマラソン
- 2004年春 聖火
- 2004年秋 柔道
- 2005年春 風雲!たけし城
- 2005年秋 スケート
- 2006年春 サッカーパート2
感謝祭・珍事件簿
徳光和夫着ぐるみ事件
1991年、秋の記念すべき第1回放送の休憩タイム中、出演者に飲み物を提供している1体のぬいぐるみの姿があった。しかし、その直後のピリオドの1問目にそのぬいぐるみが現れ、「このぬいぐるみの中に入っているのは誰でしょう?」という問題が出題された。そして顔を取ってみると、中に入っていたのはつい直前まで裏番組(テレビ東京「徳光のTVコロンブス」)に生出演していた徳光和夫で、出演者たちは、まさかの登場にみな驚いた表情だったという。
ちなみに徳光は、次の第2回でも休憩タイム中に、セットの中にメイクをして隠れていた。もちろんその後に「徳光さんはどこにいるでしょう?」という問題も出された。
タモリのいたずら電話事件
1991年、秋の記念すべき第1回放送の途中で、タモリがTBSのスタジオに突然電話をかけてくるという演出があった(第2回まで)。そのたびに、スタジオの紳助が「次回は出演してくださいね」というのだが、2006年春時点でタモリはこの番組に出演していない(おそらく、ギャラがあまりにも高すぎて無理なのだろう)。
「アマンド」いたずら電話事件
第3回(1992年秋)の休憩タイムでは、当時のTBSの近所にあった洋菓子店「アマンド」へ出前を取ろうという企画が行われた。このとき紳助は出演者から希望を取り、全部で62個のサンドイッチを注文した。しかしそのアンケートのすぐ後に、心ない視聴者から「すいません、100個追加!」といういたずら電話が入ったために配達が大幅に遅れ、挙げ句の果てに紳助に「アマンド何してんねん!」と言われる始末。結局放送終了後の打ち上げはサンドイッチだらけになってしまったという。ちなみにTBS主体の赤坂5丁目再開発の影響により「アマンド」赤坂店は今はない。
放送禁止FAX事件
第4回(1993年春)からは、出演者の身内などからの応援FAXを募集する企画が行われたが、このときに放送できないとんでもない内容のものが送られてきたことが上岡龍太郎の指摘で発覚した。紳助は「放送できないものをFAXで送ってきてはいけません。バカモノ!」と笑いながら怒って会場の笑いを誘っていた。
ユーミンガセネタ事件
同じく第4回(1993年春)、この日出演予定だった高木美保が欠席し、紳助が「ヒマな芸能人来てください!(ただしAランクに限る)」と呼びかけたところ、なんとユーミンこと松任谷由実が来るという情報が飛び込んできた。これには紳助だけでなくスタッフも大喜びだったが、のちにこれは「ガセネタ」であることが判明しガッカリ。おまけに番組終了後に流れた賞金ランキングには『松任谷由実・0円』と流れるまぬけさだった。
”野球賭博”「雨天中止」事件
第5回記念(1993年秋)ではこの日同時中継だった中日-巨人戦を使って紳助いわく「野球賭博」(注:100万円山分けクイズの事)が開催された。選択肢は「中日の勝ち」「巨人の勝ち」「引き分け」「雨天中止」の4つ。投票結果は「中日の勝ち」が一番多かったが、なんとその中でただ1人「雨天中止」に賭けた人がみのもんただった。可能性として5回までに雨でノーゲームになればみのの100万円一人勝ちだったが結果は「巨人の勝ち」だった。これはテレビに最低1回は映ろうというみのの作戦だった。ちなみにこの日CBCではこの中継のため、途中からの放送だった。
ジミー大西狙撃事件
第6回(1994年春)に行われたミニマラソンで、ジミー大西は「皮膚呼吸をするんです」と言って裸(海パン1丁)で、ニンジンとして顔の前に1万円札を吊るという格好で走ったが、このあと彼に悲劇が訪れた。何と沿道の観客の1人が、ジミーに向けてエアガンで射撃したのである。その後、折り返しのときにジミーの訴えで発覚し、紳助は「エアガンでジミーを撃つのはやめてください!」と観客に注意した。
テレビで放送されたため地元の警視庁赤坂警察署が捜査に乗り出すという一大事になり、当然次の回の沿道警備が強化(コース上に100人以上の警備員・TBSスタッフを配置した)され、そしてその後警備上の理由等により、TBSの敷地内からなるべく出ないで済むコースに変更された。現在も沿道には沢山の観客が詰め掛け、旗を振って応援しているが、毎回、警察や警備員、スタッフ(春の時は、その年のTBS(現TBSテレビ)の新入社員主体らしい)による厳重警戒が行われている。
なお、第30回(2006年春)では、山田花子の参加により、紳助から観客へ「ジミー大西狙撃事件」のことを話して笑いをとる場面もあった。
愛ちゃん問題事件
第8回(1995年春)でのこと。「福原愛は今何のスポーツをやっているでしょうか?」という問題がピリオドの最初の問題で出題された。200人のうち172人が卓球と答えたが、なんと正解はバスケット。一気に残り17人に減ってしまった。ほとんどが不正解のなか、上岡龍太郎だけが、問題VTRを見た瞬間に卓球ではないと瞬時に見抜いていた。
小柳ルミ子失言?事件
第10回記念(1996年春)。100万円山分けクイズの一環として、泉ピン子、小柳ルミ子、中野浩一、蛭子能収の4人でマージャンを番組中ずっと行い誰がトップになるかを予想するものがあった。事前キーパットアンケートで「やりたい」と答えた上の4人が前に出てきて、紳助が「ルミ子さんもこんな文句ばっかりの男(蛭子のこと)とやらないといけないなんて大変ですね」と振ったところ、小柳は「TBSも今いろいろ大変ですから」と発言。この時期のTBSはオウムビデオ問題で大激震状態(この日は、社長が公式的に「オウムにビデオを見せた」と認めた日からたった5日後のこと)で、その中での発言なので会場は苦笑い。紳助は真顔で静かに「余計なことを言わないで下さい」とつっこんだ。
飯島愛カンニング退場事件
第11回(1996年秋)の大会で、飯島愛はピリオド問題でチャンピオンに輝き、紳助と和歌子を驚かせた。ところがその直後のボーナスクイズで彼女は解答中に「何番?何番?bの次は?」と大声で答えを聞くという罪を犯したのである。ガンマイクはその一部始終をきっちりとらえていたため、紳助は「レッドカード!15分間退場!」と退場を宣告。飯島愛は退場ボックスに15分間投獄された。ちなみに彼女は春の大会でもカンニングをし、それが監視カメラ(通称・飯島愛カメラ)に映っていたため、紳助いわく、向こう1年間TBSからの出演料を30%カットされたという。TBSで多くのレギュラー番組を持つ飯島が、ここ数年、オールスター感謝祭に出演依頼がないのもこの事件が大きく影響しているという説がある。現在「ある程度のカンニングは認める」(紳助いわく、出場者は小汚いやつばかりとのこと。)とされており、答えをマイクが拾う場合がある。
東山・植草少年隊問題着席事件
第11回(1996年秋)でのこと。少年隊の歌が流れ「この歌を歌っているのはどれでしょう」とPVから正解を選ぶ問題が出た。周りは東山紀之や植草克秀などに答えを聞いたりしたが、植草は間違った答えを教え、本人も「分からなかった」と間違いを選ぶ。結果大量の着席者が続出でブーイング。一方の東山は正解していたのだが、ワーストランキングが画面に出て、最下位の名前が表示されるとそれはなんと東山本人。会場は爆笑の渦に包まれ、紳助は「少年隊はどうなってしまったんでしょう。1人は間違え、もう1人は誰よりも遅く解答してしまいました」とつっこんだ。
コンピュータートラブル事件
第18回(2000年4月1日放送)TBSエンタテインメントなど分社化した回の放送で放送開始から1時間ほど問題が出ないというトラブルがあり、司会者である紳助は、この間出演者とのフリートークで凌いだ(非常時のカラオケ大会の準備に入ったほどの緊急事態だったらしい)。また、この回は「ボーリングでパーフェクトゲームを達成できるか!?」という企画(柳葉敏郎、川上麻衣子、村田雄浩、ガダルカナル・タカの4人が順番に投げてパーフェクトゲームを目指す)をやっていて、それとの中継を挟んだり、水泳大会などの中継などでトラブル中の時間をつないだ。その後コンピューターは復活しクイズを再開した(実はもう1度調子が悪くなり、直った直後に行なった5問程度の正解記録を機械が全部忘れてしまった)ものの、1時間のブランクがあった為番組終了まで延々クイズをやっており(スタッフロールが流れていた)、上位10人の紹介で終わった。
この回の優勝賞品はラスベガス旅行・高級時計などがあったが、「優勝したら何がほしいか」のアンケートを、本来ならもちろんキーパッドで押すのだが、機械の故障でそれができず、各ブロックごとで指で何番が欲しいか選んで、紳助がそれを写真に撮るということになった。紳助曰く「デジタル時代にこんなアナログなこともいいじゃないですか」。この回の優勝者白石美帆はラスベガス旅行(+お小遣い100万円)を手にした。
的場騎手落馬事件
第19回(2000年秋)の人馬対決(人間8人のリレーと競走馬のレースでどちらが早くゴールできるか競走。距離は1604m)でのこと。人馬対決自体は第16回(1999年春)から「100万円山分けクイズ」の企画として連続で行なわれており、それまでの対戦成績は人間の2勝1敗だった。この会では、人間の第1走者がスタートして2分45秒後に馬がスタートするハンデだった。最初人間がスタートし、2分45秒後に馬(ベルモントルビー。雌4歳)がスタートするが、直後に馬がつまずいて的場文男騎手が不安定な体制となり、結果落馬してしまった。その後騎手を乗せずにダートを全力疾走する馬が映りスタジオは騒然。司会の紳助はすかさず「レースをやめろ!危ない!」と叫び続けた。人はコースの内側を走ることになり、的場騎手も含めてけが人は誰もいなかったので一安心。この対決では騎手が落馬したことで人の勝ちということになり、それに賭けた63人に100万円が山分けされた(馬に賭けた人は119人)。表彰式をすぐにやりたかったが、まだ走り続けている馬を止めるための時間を待ち、的場騎手はレポーターの海保知里アナにコメントを求められたところ「今まで人間相手に2連敗して、人間にも勝てないのに実際のレースで勝てるのかとやじられてきたが、今回人間相手に落馬して、実際のレースで落馬せずにいられるのかなんてやじられてしまいます。ファンの方々にはふがいないところを見せて申し訳ないです」とし、的場騎手の朗らかな口調と表情に安心したのか、スタジオでは笑いがドッと湧いた。紳助は「こんな事件予想にもしてなかった。今まで起きた大事件と言えば、五丁目マラソンでジミー大西がエアガンで狙撃されたことくらいですよ」と言い、さらにスタジオは沸いた。
三田村邦彦顔面キャッチ事件
第22回(2002年春)、新企画として「赤坂五丁目スーパーボールキャッチ」なるものが登場、飛んでくるスーパーボールを受け止めるだけで賞金がもらえるとして、三田村邦彦ら3名が名乗りを挙げた。ところが、実はスーパーボールとは、野球の軟球。さらにそれを投げ飛ばすのは、プロ仕様の豪速球ピッチングマシーン(球速170km/h)、さらにピッチングマシーンまでの距離は、プロ野球ではなく、リトルリーグの14メートルだけだった。参加表明を自分で行った手前、後に引けなくなった三田村は豪速球の軟球キャッチに挑戦したが、なんとボールは三田村の顔面の目の辺りを直撃。キャッチャーマスクをはめてはいたものの、豪速のあまりに変形したボールはマスクの格子の間に食い込むようにして目に当たってしまった(三田村自身170km/hを甘く見ていたということもあった。それが証拠に170km/hのボールを受けるのにきちんとミットを構えていない)。結果重症には至らなかったものの、三田村は大事をとって番組途中棄権となった。因みに、この顔面キャッチは、「立派にスーパーボールをキャッチした」と見なされ、三田村には賞金が贈られた。このハプニングで番組中に紳助、和歌子が視聴者に謝罪した。なお、パンチ佐藤もチャレンジしたが、パンチは1球目をはずし2球目を見事にきちんとキャッチした。
坂田利夫1人相撲事件
第23回(2002年秋)でのこと。ベッカムの2番目の子供の名前を当てる問題で坂田利夫は「ジュリエット、ジュリエット」と言い出した。これにつられて隣にいた桂三枝はおもわずジュリエットを押してしまう。ところが坂田が押していたのは正解のロミオ。当然三枝からはつっこまれることに。ここで三枝を蹴落としたまではよかったのだが、バチがあたったのか、自身が予選落ちするハメに。紳助は「笑いの神様が坂田利夫に舞い降りました」。太平サブローは「天才やわ!」と最大級の賛辞(?)を送っていた。
0.31秒予選落ち事件
第28回(2005年春)に香田晋が記録。5秒間に2択の問題が連続して出題され、エンディングも近かったこともあり、皆ヤマを張って問題が出題されたとたんにボタンを押していた。香田自身も「えーっ。うそや!」と驚き、スタジオも騒然となった。過去の予選落ちの最速タイムであった。ちなみに最速タイムは堤下敦(インパルス)の0.01秒で0.02秒も5人いるという異常な展開となった。そして、この次の問題がラスト問題となったが、最後に残ったのは山根良顕(アンガールズ)と藤本敏史(FUJIWARA)の2人だけになってしまった。結局、山根がラスト問題で0.02秒を出し、0.03秒の藤本をおさえてこのピリオドを制した。さらにこの後のボーナスクイズも正解者が虻川美穂子(北陽)1人というおまけつきだった。
スケートリンク中止事件&人間カーリング事件
第29回(2005年秋)ではスタジオ内に巨大スケートリンクを設置し史上最大と題した企画を行う予定であったが直前になって諸事情により中止され、「人間カーリング」という名のスケートリンクは一切使用しないものへと変更された。変更が直前であったため番組開始のOPCG(オープニングCG)は、スケートリンクを意識した物となっていた。その人間カーリングでは、滑りをよくするため、ローションを使用。だが、フィールド上にローションが散乱したため、出場者は転倒を繰り返し、大混乱となってしまった。コーナー終盤にはバカ受けした和歌子の声がお茶の間に大きく響いていた。なお、このローション→転倒→混乱→和歌子爆笑は、2006年春のローション相撲でも起きたことは言うまでもない。
携帯参加事件
第29回(2005年秋)からは、一般視聴者携帯参加型がクイズではなくイベント問題に限定されてしまった。これは前回の第28回(2005年春)で一般優勝者が、番組放送前日に行われるリハーサル(実際学生アルバイトを200人集めて行われる)に参加しており、全て問題を把握していたため、圧倒的な大差で優勝したことが問題となったためである。
サーカスリアル転落事件
第29回(2005年秋)の赤坂5丁目 大サーカスは、世界最高峰『中国雑伎団』を迎え、大型ブランコを用いたサーカスを披露することとなった。雑伎団の登場当初から、一部メンバーのミスがありスタジオの少数からは笑いがでたが、これは単なる予兆に過ぎなかったのかもしれない。はじまってまもなく、雑伎団の一人が、「ブランコ台からロープへの飛び移り」に失敗。下には、ネットが張られていたものの、フロアにリアルに衝突。後に、別角度から見ていた紳助は「リアルに『ゴン』という音がした」といい、メンバーのケガが心配されたが、問題はなかったようだ。第30回(2006年春)では、紳助がこのことに触れ、笑いを誘った。
【番外編その1】フジテレビパロディ番組事件?
第29回(2005年秋)の2日前にフジテレビで放送された「とんねるずの石田さんのおかげでしたオールスター大感謝祭」は、とんねるずの石橋貴明・木梨憲武とフジテレビの高島彩アナウンサーが司会を務めた「オールスター感謝祭」のパロディ番組。クイズは主にその番組のエグゼクティブプロデューサー・石田弘に関することや、過去のコントからのもの。また名場面ベスト100もあった。しかし、ちゃんとピリオドごとにStand UP!をしたり、問題CGがかなり本物に近かったり、選択肢もABCDだったり、正解選択肢もABCD全部だったり、ほとんどの問題の正解がDだったりなどと、パロディの完成度としてはかなり高かった。ちなみに「オールスター感謝祭'05秋」の視聴率は19.1%だったが、この番組は18.3%を記録した。
なお、この番組に使用されたシステムは「オールスター感謝祭」が使用しているものとは異なり、各ピリオドには2問しか問題がなく、賞金25万円もなく、さらに、予選落ち・ボーナスクイズは設置されていない。キーパッドについても、4つのボタンのみで(休憩後、飲み物・食べ物の持込がOKだったことから)比較的簡単なシステムのようだ(解答CGは最初から作成されていたVTRで、全部茶番だったと言う説もある)。
また、この放送の2日後には本家の感謝祭が放送され、その中には「おかげでした」に出演していた芸能人も参加していた。
同局は以前にも浜田雅功司会の「ジャンクSPORTS」の特番を「感謝祭」として、オールスター感謝祭のパロディ(クイズ、休憩、マラソンなど)を放送したことがある。
【番外編その2】リンカーン謝祭事件?
第30回(2006年春)の本番前のリハーサルで、お笑い番組『リンカーン』の出演者達がマラソン大会のコースを借り切って下見と練習を行った。しかしそこはリンカーン、(1998年春に三村マサカズ(当時バカルディ)優勝したことから、) さまぁ~ずが用意した、芸人達の後を追いかける刺客がとんでもないものだった。当然さまぁ~ずは最後に出演者達の猛抗議を受けることに。
また、司会のダウンタウンは、生本番中に泥棒の格好をして(浜田雅功の姿に松本人志いわく「親父そっくりやな!」)隣のAスタジオに侵入し、「TBSは本当に芸能人に感謝しているのか?」というのを検証するために休憩タイムの料理を試食。その結果「TBSは本当に芸能人に感謝している」ことを確認。大量の料理をタッパーに詰めて持ち帰った。
コール
200人もの人間を相手にクイズを進行させるため、時には一斉に物事を行ったり連絡するために、独特の言い回しが多数用いられる。ここでは、それらを紹介する。なお、このコールは版権元であるCelador Productionsの番組フォーマットを踏襲したものであると思われる。
- ピリオドを開始するときに宣言される。と同時に、解答者のランプが一斉に点灯する(最近では別の仕事で未着となっている人物の座席は解答権を付与しないため、ランプが点灯しない。これは一時期、未着の人物のボタンを遅く押して予選落ちを逃れるという反則が見られるようになったためと思われる)。
- 問題やアンケートの解答を開始するときに宣言される。初期は「Ready」と「Go!」の間に一拍間が入ったが、現在は繋げて言ってしまっている。ちなみに和歌子はドラマ「ビッグウイング」の中でもこのコールを連発していた。
- 回答時間が終了し、実際の回答分布を確認する際のもの
- 絵(動画)の問題、音楽の問題をはじめるときの定例句
- 制限時間は通常10秒、ボーナスクイズは15秒だが、問題によっては5秒や20秒の場合があり、そのときに出題効果音の直後に何秒か宣言される。
- 4者2選択や5者3選択などの複数正解問題において宣言される。
- 正解者○○名、お手元のランプが付いている方、お持ち帰り下さい。
- ボーナスクイズをチャンピオンが失敗したときに山分けの獲得賞金額が宣言される。
- ピリオド最終問題を知らせる鐘が鳴った直後に
エンディングに表示される英文
<原文>
Devised by Mitchell Symons and Chris Kwantes and developed by Celador Productions, London, produced in association with Attcus TV and TBL, London
<日本語訳>
Mitchell SymonsとChris Kwantesによって考案され、ロンドンのCelador Productionsが開発し、ロンドンのAttcus TVとTBLが共同で制作した(番組です)
主題歌
『My life is...』(作詞: 秋元康 作曲: 織田哲郎 発売: avex trax 歌手: Risky)
1999年春の放送で、番組中に主題歌のCDを完成させようという企画が行われた。島田紳助から指名された歌い手は、紳助と司会を行っている島崎和歌子だった。キーパッドによる200人アンケートで即時芸名を決めた。なお、幻の芸名となったのはThanks giving day(感謝祭)であった。本人には織田無道だと知らせておいたが、番組開始後にドッキリを敢行、そのままエイベックスへ向かい、ジャケット撮影やレコーディングなどを行って番組終了前に完成させた。この曲は、現在もエンディングテーマとして使用されている。
ゲーム
スタッフ
クイズ!当たって25%
クイズ!当たって25%はTBS系で1991年10月17日から1992年3月26日放送まで木曜22:00-22:54に放送されていた番組で、司会は感謝祭同様島田紳助と島崎和歌子だった。
感謝祭と同じく200名で行う事には変わりは無いが、一般視聴者24名にキャプテン役の芸能人1名を加えた25名1チームの8チーム対抗の団体戦も並行して行い、優勝チームにはチーム全体に賞金100万円が与えられた(なお、毎回若手芸人達が「お笑いつぼみの会」チームとして出演。キャプテンはジミー大西。若き日のさまぁ~ず(当時バカルディ)やホンジャマカ、松村邦洋らがメンバーであった)。
1回の放送で3ピリオド行ったが、第2ピリオドの後、現物支給クイズが出題された。
当時TBSアナウンサーであった鈴木史朗が生中継先で手に入れた賞品(初期の頃は中継がなく、賞品がそのままスタジオに登場していた)を賭けて、各チームの芸能人キャプテンが代表で1問限りのクイズに挑戦、正解を最も早く押したチームに賞品が行き渡るシステムであった。
これらのルールは、オールスター感謝祭の最初期でも踏襲されたが、すぐに現在の完全な個人戦に変わった(ただし前述の通り、1997年末の特番では「当たって25%」のルールにほぼ近い形で行われていた)。また、各ピリオドでチャンピオンになった際、感謝祭におけるレイではなく王冠がかぶせられていた。
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